1533年1月。領主と八郎の問答。結果1500石の徴税を請け負う代わりに税の1割減と家族の役務の削減を勝ち取る。
領主の間。
「千五百石を任せる」
普通ならば、父上にとって一世一代の出世話だった。
百五十石を見る庄屋から、一気に十倍。
だが俺は頭を下げた。
「恐れながら、少しお待ちください」
その瞬間。
父上の顔から血の気が引いた。
「八郎……!」
領主様は怒るでもなく、ただ面白そうに俺を見る。
「ほう」
「褒美を断る童か」
「理由を聞こう」
「はい」
俺は一度、父上を見る。
「まず前提として」
「父上は働き者でございます」
父上が驚いた顔をした。
「私が起きている間の話ですが」
「朝から田を見て、帳面を見て、人と話しております」
「ですが」
「もし私が寝ている間、どこぞの酒屋で女遊びでもしているなら、この前提は崩れます」
一瞬。
場が静まった。
「八郎!?」
父上が叫ぶ。
次の瞬間。
「ははははは!」
領主様が腹を抱えて笑った。
「お前、父親の前でよう言うな!」
「可能性の話でございます」
「父上が真面目である、という前提です」
「面白い。続けよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「では」
「真面目な父上が管理している百五十石」
「その帳面を見ました」
「結果」
「五千文ほど足りません」
領主様の笑みが少し薄くなる。
「ほう」
「働き者の父上が五千文不足する」
「ならば千五百石を預かれば」
「単純には十倍」
「五万文不足します」
「下手をすれば十万文です」
「その穴を埋める責任を、我が家が負うことになります」
部屋が静かになる。
「続けよ」
「はい」
「農民の中には、田畑を捨て逃げる者も出るでしょう」
「ですが」
「多くの者は田を失いたくない」
「先祖から守った土地だからです」
「だから商人から銭を借りてでも税を納める」
「そして借金で縛られる」
俺は領主を見る。
「領主様は、それを知っておられると思います」
父上が完全に固まった。
和尚様も目を閉じた。
言ってしまった。
領主に対して。
「あなたは知っているでしょう」
そう言ったのだから。
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だが領主様は怒らなかった。
「面白い」
「続けよ」
「はい」
「お願いがあります」
「なんじゃ」
「税を下げてください」
「どれほどじゃ」
「二割」
家臣たちがざわめく。
「二割だと?」
「無理を承知です」
「ですが、それほど苦しいということです」
「その代わり」
「残りはこちらで考えます」
「どうする」
「商いです」
「今、週一度、市で三つ店を出しております」
「それを広げます」
「人を雇います」
「魚を買います」
「卵を買います」
「油を買います」
「市に銭を回します」
「その中で利益を作ります」
「足りない四万文ほど」
「米ではなく銭で作ります」
「ただし条件があります」
領主様が笑う。
「まだ条件があるか」
「はい」
「父上の役務を減らしてください」
「農作業も減らしてください」
「人を動かす時間が必要です」
「米を作るだけなら百五十石の庄屋で終わります」
「ですが千五百石を見るなら」
「人を見る必要があります」
「商いを見る必要があります」
「銭の流れを見る必要があります」
「だから」
「今のままでは受けられません」
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長い沈黙。
そして。
「……お前」
領主様が呟いた。
「本当に三歳か」
「先日なりました」
「そういう意味ではない」
苦笑する。
「和尚」
「はい」
「これは神童ではないな」
「はい」
「わしもそう思います」
「もっと厄介じゃ」
領主様が俺を見る。
「八郎」
「はい」
「お前は多分」
「いつかわしを食らって上へ行く器じゃ」
父上の顔がさらに青くなった。
「領主様!」
「よい」
「面白い」
「ならば」
「わしがお前の最初の壁になってやろう」
領主様は言った。
「税二割減は無理じゃ」
「はい」
「だが一割下げる」
家臣が驚く。
「殿!」
「よい」
「この童の言うことにも理がある」
「五万、十万文足らぬという話」
「間違ってはいない」
「だが」
「わしにも事情がある」
領主様の表情が変わる。
「国人同士の争い」
「島津の内輪争い」
「肥後との緊張」
「兵を出すには米がいる」
「武具がいる」
「弓矢など使えば消える」
「商人に頼らねばならん」
「借金も見て見ぬふりせねばならん」
「お前の言う通り」
「黙認しておる」
「だが」
「好きでやっているわけではない」
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「分かっていて言ったな」
領主様が俺を見る。
「八郎」
「はい」
「お前、そこまで読んでおったな」
俺は少し考える。
そして笑った。
「さあ」
「どうでしょうね」
その返事を聞いて。
領主様はまた大声で笑った。
「やはり危険な童じゃ」
「だが面白い」
「千五百石」
「任せる」
「銭を作れ」
「人を増やせ」
「そして」
「わしに、お前の見ている先を見せてみろ」
こうして。
三歳の八郎は。
一つの村ではなく。
領地の一割を見ることになった。




