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1532年1月。正月三が日。八郎、領主に呼ばれる。領主から八郎へ1500石、10倍の徴税を任されそうになるが断ろうとする。異端の片鱗を見せる。八郎

 正月の三が日。

 領主の屋敷では、少しだけ空気が緩んでいた。

 普段は年貢、兵、隣の国人衆、島津の家同士の争い。

 気の抜けない話ばかりが続く。

 だが正月くらいは、少し息をつきたい。

「何か面白い話はないか」

 酒を少し含みながら、領主は家臣にそう聞いた。

 家臣の一人が、少し迷った顔をする。

「面白い話、と申しますか」

「なんじゃ」

「市の端で、近頃変わった店が出ております」

「店?」

「はい。三軒ほど並べて飯を売っておるそうで」

「飯屋か」

「それだけなら珍しくもないのですが」

 家臣は言葉を選ぶ。

「どうやら、その店を考えておるのが、三歳の童らしいのです」

 領主はしばらく黙った。

 そして。

「……なぜそんな面白い話を、もっと早く言わん」

 家臣は慌てて頭を下げる。

「噂半分でございましたので」

「親が子に箔をつけるために言うておるだけかもしれませぬ」

「だが」

「はい」

「何度も同じような話が入っております」

 混ぜ飯。

 魚のつみれ汁。

 炒め飯。

 油で揚げる飯。

 寺への寄進。

 市の顔役への挨拶。

 どれも奇妙だった。

「ただの噂ではなさそうか」

「はい」

 領主は面白そうに笑った。

「三が日の終わりに呼べ」

「見てやろう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その知らせが来た時。

 父上は固まった。

「領主様が……」

「呼んでおられる?」

 母上も顔色を変える。

 兄様たちも黙った。

 俺は小さく息を吐いた。

(来たか)

 早い。

 でも、いつか来ると思っていた。

「父上」

「なんじゃ」

「和尚様に一緒に来ていただきましょう」

 父上はすぐ頷いた。

「そうじゃな」

 俺一人の話ではない。

 父上だけでも危うい。

 和尚様がいてくれた方がいい。

 領主の屋敷へ向かう道。

 父上はずっと緊張していた。

「八郎」

「はい」

「余計なことは言うなよ」

「分かっています」

「本当か?」

「多分」

「多分と言うな」

 和尚様が横で笑う。

「まあ、八郎は言うべきことは言うじゃろう」

「そこが怖いのです」

 父上の声は本気だった。

 屋敷に通される。

 広い部屋。

 武士たちの視線。

 俺は父上の横に座り、頭を下げた。

「初めまして」

「庄屋の八男、八郎でございます」

 領主が目を細める。

「ほう」

「三歳にしては、しっかりした物言いじゃな」

「ありがとうございます」

「お前が噂の童か」

「噂の中身によります」

 父上の肩がびくりと動いた。

 和尚様が咳払いする。

 領主は笑った。

「面白い」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「神童と言われておるそうじゃが」

 領主が言う。

 すると和尚様が口を開いた。

「恐れながら」

「神童というよりは、人を動かす才がございます」

「人を動かす才?」

「はい」

 和尚様は静かに話し始めた。

「この子が寺に来たのは二歳半の頃」

「文字を読み」

「数を覚え」

「米俵の数を計算しました」

 領主の表情が少し変わる。

「二歳半でか」

「はい」

「その後、父親の帳面を見て、税の不足に気づきました」

「それを補うために、混ぜ飯の商いを考えました」

 父上が恐縮しながら頭を下げる。

「物は試しと始めましたところ、思いのほか売れまして」

 和尚様が続ける。

「次に魚のつみれ汁」

「さらに卵と油を使った炒め飯」

「そして野菜や魚の揚げ物」

「いずれも八郎が考え、家族が動いております」

 領主は楽しそうに聞いていた。

「三歳が飯を考え、家族が動くか」

「それだけではありません」

 和尚様は言う。

「この子は寺に寄進しております」

「市の顔役にも筋を通しております」

 領主の目が鋭くなった。

「ほう」

「ただ儲けるだけではない、ということか」

「左様でございます」

 俺は小さな包みを前に置いた。

「これは、正月のご挨拶として」

「五百文ございます」

 一瞬、部屋が静かになった。

 領主が包みを見る。

「五百文?」

「はい」

「わしは三歳児に寄進されるのか」

 次の瞬間、領主は声を上げて笑った。

「これは愉快じゃ!」

「三歳の童が、わしに銭を持ってくるとはな!」

 家臣たちもざわつく。

 父上は縮こまっていた。

「お前が父か」

「は、はい」

「どれほどの田を見ておる」

「百五十石ほどの庄屋仕事をしております」

「年貢の取りまとめも?」

「恐れながら」

 領主は頷いた。

「なるほど」

 そして俺を見た。

「八郎」

「はい」

「お前、千五百石ほど見てみるか」

 父上が息を呑んだ。

「うちの領内の一割ほどじゃ」

「お前に任せてもよい」

 周囲がざわめく。

 普通なら大出世だ。

 百五十石から千五百石。

 十倍。

 父上の顔には驚きと恐怖が混じっていた。

・・・・・・・・・・・・・

 だが。

 俺は頭を下げたまま言った。

「恐れながら」

「少しお待ちください」

 部屋の空気が変わった。

 父上の顔が青くなる。

 和尚様も俺を見る。

 領主は面白そうに目を細めた。

「ほう」

「この話に待ったをかけるか」

「はい」

「なぜじゃ」

 俺はゆっくり顔を上げた。

「千五百石を任されることは、名誉でございます」

「ですが」

「今のままでは、おそらく足りません」

「足りぬ?」

「はい」

「税を集めるだけでは、土地も人も弱ります」

 領主の笑みが少し消えた。

「続けてみよ」

 俺は思った。

(ここからが勝負やな)

 八郎、三歳。

 初めて領主の前で、税と人の話をすることになった。

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