1532年1月。八郎、領主との対面を見据える。正月の市のあとに和尚様のところへ行き相談する。
正月の翌日。
俺は兄様たちと一緒に寺へ向かった。
「和尚様、明けましておめでとうございます」
元気よく頭を下げる。
寺には正月ということもあり、人の出入りが多かった。
参りに来る者。
挨拶に来る者。
いつもより賑やかだった。
和尚様は俺を見るなり笑った。
「八郎、今日は寺子屋はないぞ」
「分かっています」
「正月くらい、わしものんびりさせてくれ」
そう言いながらも、目は笑っていた。
「それで」
「はい?」
「市じゃ」
「どうじゃった」
兄様たちが顔を見合わせる。
「……すごかったです」
「ほう」
「でもここでは言えません」
和尚様の眉が動いた。
「八郎」
「はい」
「奥で話そうか」
奥の部屋。
茶と葛餅を出してもらう。
「三歳児に茶を出すのも慣れてしまったわ」
「ありがとうございます」
「それで?」
俺は包みを差し出した。
「和尚様」
「これは?」
「正月の寄進です」
中を見る。
「百文か」
「はい」
「また大きく出たな」
「それだけ売れました」
和尚様は静かに聞く姿勢になった。
「いくらじゃ」
「売上は三千六百文です」
「……」
「三千六百?」
「はい」
「三歳になったばかりの童が言う数字ではないな」
苦笑された。
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「ただ、利益は少ないです」
「なぜじゃ?」
「今回は銭を使いました」
説明する。
魚。
油。
卵。
器。
「魚は高めに買いました」
「なぜ?」
「下処理をお願いしたからです」
「兄様たちの負担が減ります」
「漁師さんには銭が入ります」
「なるほど」
「器も買いました」
「それは残るな」
「はい」
「次から使えます」
「そして市で買いました」
和尚様が少し笑った。
「そこまで考えたか」
「はい」
「八郎の家が商いすると、市にも銭が落ちる」
「そう見せたいのじゃな」
「言葉にはしてません」
「でも顔役様なら気づくと思います」
和尚様はしばらく黙った。
「八郎」
「はい」
「お前、もう飯屋だけを見る気はないな」
答えなかった。
答える必要もなかった。
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「和尚様」
「なんじゃ」
「お願いがあります」
「言ってみよ」
「いつか領主様に呼ばれた時」
「一緒についてきてほしいです」
和尚様の表情が変わった。
「……そこまで見ているか」
「はい」
「そろそろ危ないです」
「危ないとは?」
「目立ちすぎています」
銭を稼ぐ。
人が集まる。
市が動く。
それを領主が知らないままでは終わらない。
「おそらく」
「父上に褒美のような話が来ると思います」
「例えば?」
「今、父上が見ている田畑は百五十石ほどです」
「それを」
「千五百石分任せる」
「そんな話です」
和尚様は目を細めた。
「出世ではないか」
「普通ならそうです」
「違うのか」
「危険です」
俺は続けた。
「うちの百五十石でも、五千文足りませんでした」
「それを十倍にしたら?」
「五万文」
「下手すると十万文」
「足りないものを背負わされます」
「つまり」
「はい」
「徴税できない責任だけ渡される可能性があります」
和尚様は黙った。
「そこまで考えるか」
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「もし任されるなら」
「条件を出します」
「条件?」
「税を下げてもらいます」
「下げる?」
「はい」
「二割と言います」
「通れば一割でも十分です」
「なぜじゃ」
「取れば取るほど、人は弱ります」
「人が弱れば、来年もっと取れません」
「足りない分は?」
「米以外です」
「商い」
「魚」
「卵」
「油」
「加工品」
「市」
「そこで銭を作ります」
「米だけを見るから苦しくなるんです」
和尚様はため息をついた。
「八郎」
「はい」
「お前、領主になにを言うつもりじゃ」
「正直に」
「危ないぞ」
「分かっています」
「だから和尚様にいてほしいんです」
「三歳児がこんな話をすれば」
「気味悪がられるかもしれません」
「利用できると思われるかもしれません」
「逆に」
「将来邪魔になると思われるかもしれません」
和尚様が笑った。
「安心せい」
「はい?」
「もう十分そう思われる」
「……」
「三歳で三千六百文動かして、市を動かして、税を語る童じゃ」
「隠れるには遅い」
「ただな」
和尚様は俺を見る。
「わしは見てきた」
「お前が家族を助け」
「寺を忘れず」
「周りにも銭を回そうとしていることをな」
「だから」
「その時は一緒に行ってやる」
「ありがとうございます」
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正月。
三歳になったばかり。
けれど八郎の商いは、もう一軒の家の話ではなくなり始めていた。
領主。
税。
国。
その大きな流れが、少しずつ近づいていた。




