1533年1月。八郎3歳、初市。半日で3600文売り上げ。家の商いがシャレにならないレベルになる。
正月。
俺は三歳になった。
だからといって、急に背が伸びるわけでも、火の前に立てるわけでもない。
けれど、新しい年の最初の市。
ここは大事だった。
「明けましておめでとうございます」
父上が客に頭を下げる。
母上は揚げ物の支度。
三郎兄様は炒め飯。
父上はつみれ汁。
兄様たちは荷運びと客の案内。
もう、うちはただの庄屋の家ではなく、小さな飯屋のようになっていた。
今回の商品は多い。
混ぜ飯。
炒め飯。
魚のつみれ汁。
野菜の天ぷら。
魚の天ぷら。
そして、油を無駄にしないために、新しい試みもした。
港で下魚を多めに仕入れたのだ。
ただし、そのままではない。
「頭と大きな骨と、苦いところは取ってもらいます」
俺がそう言うと、父上は苦笑した。
「その分、高く買うんやな」
「はい」
漁師には銭が入る。
うちは下ごしらえの手間が減る。
兄様たちの負担も減る。
安く買い叩くのではなく、役目を分ける。
それが長く続けるには必要だと思った。
市が始まると、すぐに人が集まり始めた。
「おう、坊主」
「明けましておめでとうございます」
「今年も変な飯出すんか」
「変ではありません。少し珍しいだけです」
「それを変と言うんじゃ」
客たちは笑う。
このやり取りを楽しみに来ている者もいるようだった。
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母上が油を温める。
ごま油の香りが立つ。
そこへ茄子、椎茸、ごぼう、小エビ、鯖、そしてつみれ。
小麦粉をまとわせ、油へ入れる。
じゅわっ。
音と香りが広がった。
「つみれまで揚げるんか」
「はい」
「卵はつけんのか?」
「つけません」
「なんでや」
「卵をつけると、重くなりすぎる気がします」
「ほう」
「それに、先に外側だけ色がついて、中まで火が入りにくいかもしれません」
客が目を丸くする。
「坊主」
「はい」
「お前、飯場に立ったことないくせに料理人みたいなこと言うな」
「母上に教えてもらっています」
母上が笑った。
「私はそんな難しいこと教えてないよ」
炒め飯の方も順調だった。
三郎兄様はもう慣れた手つきで鍋を振る。
じゅっ。
卵と油の香り。
そこに混ぜ飯を入れて崩す。
父上はその横でつみれ汁を見ていた。
時々、母上に味を確かめてもらう。
「父上、もう職人みたいですね」
「やめい」
父上は照れたように言った。
「下味は母さんが整えてくれてるからじゃ」
「そこ大事です」
「分かっとる」
今回、もう一つ変えたことがある。
器だった。
天ぷらを出すには器が足りない。
だから、銭がある程度まとまるたびに、兄様に走ってもらった。
「二百文たまったら、市で皿を買ってきてください」
「今からか?」
「はい」
「急やな」
「足りないものは、市で買います」
市の店の者は目を丸くした。
「全部買うんか?」
「今ある銭の分だけです」
「何に使うんや」
「端の飯屋で売りながら揃えてます」
「なんじゃそれ!」
爆笑されたらしい。
「例の坊主の店か」
「三軒出しとるところやろ」
「また変なことしとるな」
そう言いながらも、皿は売ってくれた。
市のまとめ役は、それを遠くから見ていた。
うちが魚を高めに買う。
卵も無理に値切らない。
器を市で買う。
売って、また市に銭を戻す。
その意図が全員に伝わっているわけではない。
でも、まとめ役には少し見えていたようだった。
「あの坊主、わざと市に銭を落としとるな」
そう呟いたと後で聞いた。
「坊主、値下げはないんか」
いつもの客が言う。
「新年ですからね」
「おう」
「いつもは二割ですが、今日は一割でどうでしょう」
「なんでや」
「こちらも顔を立ててもらいたいので」
「三歳が顔を立てるとか言うな」
客たちは笑う。
「でもまあ、新年やしな」
「食うたるわ」
「ありがとうございます」
食べた客は、たいてい驚いた。
「つみれ、揚げてもいけるな」
「鯖もええ」
「小エビは酒が欲しくなる」
「炒め飯も安定してきたな」
正月の市は、いつもより人が多い。
そこに新しい飯の香り。
客は途切れなかった。
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夕方前。
売り切れた。
片付ける頃には、家族全員が少し呆然としていた。
銭袋が重い。
重すぎる。
父上が慎重に数える。
「……四千文ほどある」
誰もすぐには声を出さなかった。
「四千文……」
三郎兄様が呟く。
「一日で?」
「半日です」
俺が言うと、全員に睨まれた。
「それを言うな」
父上が苦笑する。
正月早々。
八郎の店は、去年の最高売上を大きく超えた。
でも。
喜びだけではない。
この銭をどう守るか。
どう使うか。
誰に返すか。
次の問題は、もう始まっていた。
俺は三歳になった。
そしてこの年、家の商いは、村の中だけでは収まらないものになろうとしていた。




