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1532年12月最終週。年末、寺で炊き出しを行い、八郎の家の商売と八郎の存在が村に知られる

 年末。

 寺での炊き出しの日が来た。

 朝から寺の庭は慌ただしい。

 寺から借りた大鍋。

 家から持ってきた道具。

 そして大量に用意した魚のつみれ。

「本当にやるんやな」

 父上が鍋を見ながら言った。

「はい」

「でも量は少なめでお願いします」

 俺は和尚様に言われたことを伝える。

「一人を腹いっぱいにするより、多くの人に食べてもらう方が良いそうです」

「なるほどな」

 父上は頷く。

 正直、うちの家でこんな大きな炊き出しをすることなど今までなかった。

 父上も母上も少し緊張していた。

「しかし」

 父上が笑う。

「わしが人様に飯を作る日が来るとはな」

 三郎兄様も笑った。

「最近、父上楽しそうですからね」

「いやいや」

 父上は手を振る。

「わしがすごいわけやない」

「母さんが下味を整えてくれてるからじゃ」

「わしは言われた通りやっとるだけ」

 そう言いながら。

 手つきは慣れていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 火を入れる。

 鍋から湯気が上がる。

 魚のつみれ汁。

 そして横では三郎兄様が炒め飯を作る。

 じゅっ。

 油の音。

 香り。

 それだけで人が集まり始めた。

「なんじゃこれは」

「炊き出しでこんな匂いするんか」

「普通、粥やろ」

 村人たちが不思議そうに見る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「どうぞ」

「少しずつですが」

 配り始める。

 最初に食べた男が止まった。

「……」

「どうしました?」

「いや」

「これ、本当に炊き出しか?」

「はい」

「うまいぞ」

 その一言で空気が変わった。

「魚じゃろ?」

「ああ」

「でも臭くない」

「これ、何の魚じゃ」

「売れ残るような魚も混ぜています」

 母上が説明すると、周りが驚く。

「捨てるような魚が?」

「こんな味になるんか」

 母上は照れる。

「いや、味を整えただけですよ」

 すると俺は言った。

「それが一番難しいです」

「母上がいなかったらできません」

 母上は笑った。

「まあ、この子は口がうまい」

 だが。

 そこから話が変わった。

「しかし」

「これ考えたの誰なんじゃ?」

 父上が普通に答える。

「八郎です」

「……」

「誰?」

「この子です」

 父上が俺を見る。

 村人も俺を見る。

「いやいや」

「子供じゃないか」

「はい」

「もうすぐ三歳です」

 さらに静かになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや」

「子供たちから聞いてたぞ」

「なんかすごい童がおるって」

「でも話半分じゃ」

「そうですよね」

 父上が笑う。

「わしも最初そうでした」

「でも」

「読み書き覚えて」

「計算して」

「商い考えて」

「今は店を動かしてます」

「店?」

「はい」

 三郎兄様が得意げに言う。

「先週は三つ出しました」

「三つ?」

「混ぜ飯」

「つみれ汁」

「炒め飯」

「あと揚げ物」

「八郎が考えました」

 村人たちは固まった。

「三歳前が?」

「はい」

「神童か」

 誰かが呟いた。

 だが。

 和尚様が首を振った。

「少し違う」

「違うんですか?」

「ああ」

 和尚様は俺を見る。

「読み書きが早い子なら、世にはおるかもしれん」

「物覚えの良い童もな」

「だが」

 和尚様は続けた。

「八郎のおかしいところはそこではない」

「人を動かすところじゃ」

「人?」

「そうじゃ」

「母親には味を任せる」

「父親には鍋を任せる」

「兄には店を任せる」

「銭を払う」

「寺に寄進する」

「市の顔役にも筋を通す」

 和尚様は苦笑した。

「三歳前の童が考えることではない」

「では、将来は武家に?」

 誰かが聞いた。

 和尚様は少し考えた。

「どうじゃろうな」

「この子は」

「誰かに使われて終わる感じがせん」

「え?」

「むしろ」

「自分で人を集めて」

「何かを始める側かもしれん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「扱いに困りますね」

 俺が言うと。

 和尚様が笑った。

「自分で言うな」

「でも」

 和尚様は続ける。

「今日まで見ている限り」

「この子は自分だけ良ければいいとは考えておらん」

「家を助け」

「寺へ返し」

「市にも筋を通す」

「そして今日は炊き出しじゃ」

「だから今は」

 和尚様は俺の頭を軽く叩いた。

「少し変わった童と思っておけばよい」

 村人たちは笑った。

「少し?」

「いや、かなりじゃろ」

「こんな三歳児がおってたまるか」

 その声に。

 寺中が笑いに包まれた。

 八郎という名前は。

 この日。

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