1532年12月4週目。三度目の飯屋が終了後、八郎が和尚様と炊き出しと次の種を語る。
翌日。
いつものように寺へ行くと、兄様たちはまた和尚様に向かって騒ぎ出した。
「和尚様、また売れました!」
「今度は油で揚げたんです!」
「もうすごい匂いで、人が集まってきて!」
和尚様は笑いながら俺を見る。
「八郎。また何かやったようじゃな」
「少し試しただけです」
「お前の少しは、もう信用ならん」
寺での学びが終わった後、俺はいつものように和尚様と向かい合った。
「来週は炊き出しでしたね」
「うむ」
「お願いします」
俺は頭を下げた。
「それで和尚様、どれくらい出せばいいですかね」
「どれくらい?」
「はい。うちから炊き出し用に、五百文くらい出しましょうか」
和尚様の目が丸くなる。
「五百文……」
「多いですか?」
「多いわ。三歳前の童が軽く言う額ではない」
「でも、皆さんに食べてもらえるなら安いと思います」
和尚様は少し考え、首を振った。
「銭を出せばよいというものではない。お前の家だけが全部やると、周りが遠慮する」
「では?」
「寺からも米を出す。村からも野菜を少し集める。お前の家は足りない分を支える。それがよい」
「なるほど」
施しではなく、みんなで作る炊き出し。
その方が角が立たない。
「では、うちは五百文を上限にして、足りない材料を買う形にします」
「それがよかろう」
「出すものですが、普通は粥ですよね」
「ああ」
「でも、うちはいつものものを出したいです。混ぜ飯、魚のつみれ汁、それと炒め飯です」
和尚様が笑った。
「炊き出しで炒め飯か」
「父上と三郎兄様に作ってもらいます。見ても面白いと思います」
「油で飯を炒めるところか」
「はい」
「揚げ物は?」
「やめます」
「当たり前じゃ。あれは贅沢品じゃぞ」
「はい。油代が高すぎます」
ただ、そこで終わりではない。
「でも、油の使い道はまだ考えています」
和尚様が嫌そうな顔をした。
「また何か思いついたな」
「魚のつみれを竹串に巻いて、油で揚げたらどうかなと」
「……」
「つみれ汁と材料は同じです。でも料理は変わります。油も最後まで使えます」
和尚様はため息をついた。
「八郎、お前は飯だけでどれだけ出てくるんじゃ」
「まだあります」
「あるんか」
俺は少し笑った。
「ただ、飯だけではありません」
「まだあるのか」
「農です」
和尚様が眉を上げる。
「水車の話か」
「はい。父上が最近、料理を楽しみすぎて、水車の話を忘れている気がします」
和尚様が吹き出した。
「父親が料理人になりかけておるのか」
「楽しそうなので、それは良いんですけど」
でも、水車は大事だった。
「回る力を使えれば、杵を動かせるかもしれません。米つきが楽になるかもしれません。
石臼も回せるかもしれません」
「水に働かせる、というやつじゃな」
「はい」
「人が一刻、二刻かけてする仕事を、水車がしてくれれば、その分ほかの仕事ができます」
飯を売るだけでは足りない。
米を食べられる形にする手間を減らす。
粉を作る。
保存食を作る。
人の力を余らせる。
それができれば、村全体が変わる。
和尚様は黙って聞いていた。
やがて、静かに笑った。
「本当に飽きんな」
「そうですか?」
「ああ。普通なら二千八百文も売れれば、次はもっと儲けようで終わる」
「はい」
「だが、お前は炊き出しを考え、油の無駄を考え、水車で米つきを考える」
「全部できるとは思っていません」
「だろうな」
「できるところから少しずつです」
和尚様は茶を飲んだ。
「八郎」
「はい」
「お前を見ていると、一年後どうなっているか想像もつかん」
「私も分かりません」
「でしょうな」
二人で少し笑った。
まだ三歳にもなっていない。
けれど俺の目の前には、飯と銭だけではないものが見え始めていた。
人を食わせること。
人の苦労を減らすこと。
そして、敵を作らずに信用を増やすこと。
年末の炊き出しは、その最初の試しになるはずだった。




