八郎、銭の怖さを知る。売り上げ2800文。原価、人件費、寄進を引いて830文残る。課題も多く継続性もまだまだ不安。
家に帰る道。
父上はいつもより静かだった。
理由は分かる。
銭袋だ。
「八郎」
「はい」
「これは……」
父上は袋を見る。
「一つにまとめるのは危ないな」
俺も頷いた。
「はい」
「分けた方がいいと思います」
一袋落とす。
盗まれる。
何かあった時。
全部なくなる。
「二つか三つに分けましょう」
「そうじゃな」
嬉しいはずの銭。
でも増えすぎると。
今度は怖さになる。
・・・・・・・・・・・・・・・
家に戻る。
一郎兄様と次郎兄様は留守番をしていた。
「帰ったか」
「今日はどうやった?」
父上が銭袋を置く。
ずしり。
音がした。
「……」
一郎兄様が固まる。
「父上」
「なんじゃ」
「それ……全部?」
「全部じゃ」
次郎兄様も目を丸くする。
「いやいや」
「何があったんですか」
「売れた」
三郎兄様が笑う。
「また八郎の新しい飯が当たった」
「どれくらい?」
父上が答える。
「売上」
「二千八百文ほどじゃ」
部屋が止まった。
「……」
「二千八百?」
一郎兄様が呟く。
「うち、そんな金持ちだったか?」
「違います」
俺は首を振る。
「ここ二月ほどです」
「余計怖いわ」
次郎兄様が言った。
「そんな急に増えるものなのか」
普通は増えない。
だから怖い。
「でも」
俺は言う。
「あまり外では言わない方がいいです」
全員頷く。
これだけの銭。
知られれば面倒になる。
「だから来週」
「炊き出しをします」
母上が頷いた。
「儲けているだけに見えないように」
「はい」
「皆さんのおかげでできていますから」
それから帳面を開く。
「ただ」
「見えている銭が全部儲けではありません」
「そうなのか?」
五郎兄様が聞く。
「はい」
「まず仕入れです」
今回は大きかった。
「千五百文ほどかかっています」
「千五百!?」
兄様たちが驚く。
「そんなに?」
「はい」
「特に油です」
ごま油。
卵。
小麦。
魚。
今までとは違う。
「天ぷらは売れました」
「でも作るのも高いです」
「次に人件費です」
父上。
母上。
三郎兄様。
四郎兄様。
五郎兄様。
準備をした兄様方。
「今回は多めにしています」
「合わせて三百七十文ほどです」
一郎兄様が苦笑する。
「俺らにも出すのか」
「もちろんです」
「留守番も仕事です」
家を守る。
それも必要。
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「そして」
「和尚様への寄進」
「市のまとめ役へのお礼」
「合わせて百文です」
全部引く。
すると。
「残り」
「八百三十文ほどです」
また静かになる。
「八百三十……」
父上が呟く。
「利益だけで?」
「はい」
「全部払った後か」
「はい」
三郎兄様が笑った。
「いや、それでもおかしいやろ」
「そうですか?」
「そうや」
「だって前は五百文でも驚いてたんやぞ」
確かに。
でも。
「大事なのは続くかです」
俺は言った。
「この利益があと七回ほど続けば」
「最初の目標」
「五千文は届きます」
父上が目を閉じる。
「五千文……」
少し前。
届かないと思っていた数字。
それが。
今は見えている。
「しかも」
一郎兄様が言う。
「もう貯まってる分もあるやろ」
「はい」
「かなり近づきました」
ただ。
俺は続ける。
「でも安心はできません」
「まだ?」
「はい」
「直すところはたくさんあります」
兄様たちが呆れる。
「まだあるんか」
「あります」
「まず油」
「高すぎます」
仕入れ。
安定。
そこが弱い。
「次に人」
「母上頼りです」
母上が笑う。
「倒れたら困る?」
「困ります」
「ものすごく」
みんな笑った。
「それから器」
「道具」
「保存」
「仕入れ先」
「まだまだです」
父上がため息をついた。
「八郎」
「はい」
「普通なら二千八百文売れた日は喜ぶだけじゃ」
「嬉しいですよ」
「本当か?」
「はい」
でも。
前世で知っている。
売れることと続くことは違う。
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父上は銭袋を見た。
そして家族を見る。
「分かった」
「浮かれるのは今日だけじゃ」
「明日からまた考えよう」
兄様たちも頷いた。
最初は五千文足りない家だった。
それが今。
五千文をどう稼ぐかではなく。
稼いだ銭をどう守り、どう使うか。
考えるところまで来ていた。
八郎の小さな商いは、次の段階へ進もうとしていた。




