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1532年12月。3度目の飯屋。八郎、油の価値を知る。天ぷらが成功。3200文の売り上げ予定が2800文。割引したが上出来

 市の日。

 朝から準備は慌ただしかった。

 混ぜ飯。

 つみれ汁。

 炒め飯。

 そこまではもう慣れている。

 三郎兄様も鉄鍋の前で笑っていた。

「もう任せとけ」

「頼もしいですね」

「八郎に言われると変な感じやな」

 三郎兄様が笑う。

 父上も汁を見る。

 母上も全体を見る。

 前とは違う。

 みんな動きが分かっていた。

 問題は一つ。

 新しい料理。

 揚げ物だった。

「しかし……」

 父上が油を見る。

「よう集めたな」

「はい」

 ごま油。

 これが大変だった。

 米や魚とは違う。

 簡単に大量には手に入らない。

「高かったぞ」

「分かっています」

 でも。

「今日は試しです」

 価値があるか。

 それを見る。

 母上が鍋を見る。

 温まった油。

 そこへ。

 小麦粉を薄くつける。

 卵をくぐらせる。

 まずは茄子。

 じゅわっ。

 音がした。

「……」

 みんな黙った。

 そして。

「いい匂い」

 母上が呟く。

 油の香り。

 焼くのとは違う。

 ごま油の香ばしさが広がる。

 次に。

 ごぼう。

 椎茸。

 小エビ。

 小さく切った鯖。

 順番に揚げる。

 市場の空気が変わった。

「なんや?」

「何の匂いや?」

 人が寄ってくる。

 思った通りだった。

 味より先に。

 香りが客を呼んだ。

「坊主」

 いつものお客さんが来る。

「また変なこと始めたな」

「変ではありません」

「いや、十分変や」

 笑われる。

「これは何や」

「野菜と魚を油で揚げました」

「油?」

「はい」

「贅沢やな」

 そこまではいい。

 問題は。

「いくらや」

「混ぜ飯付きで四十文です」

「四十!?」

 予想通りの反応だった。

「高いやろ」

「はい」

 否定しない。

「高いです」

「自分で言うんか」

「でも」

 俺は笑う。

「この香りですよ」

 揚げたてを見る。

「食べずに帰る方が損です」

 男たちは笑った。

「また坊主の口上や」

「うまいこと言うな」

「それに」

 俺は続ける。

「一人で高いなら」

「誰か連れてきてください」

「二人以上なら少しお安くします」

「また二割引きか?」

「はい」

「覚えられてるやん」

 みんな笑った。

「ほな」

「騙されたと思って食うか」

 最初の一人。

 それが大事。

 男が茄子を食べる。

 少し塩。

 一口。

「……」

 止まった。

「どうですか?」

「……坊主」

「はい」

「これはずるいわ」

「え?」

「匂い通りや」

 もう一口。

「うまい」

 その言葉。

 周りが反応した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そんなうまいんか?」

「食ってみろ」

 次々と注文が入る。

「小エビもうまいぞ」

「魚も臭みないな」

「油ってすごいな」

 反応は予想以上だった。

 もちろん改善点もある。

「坊主」

「はい」

「器はもう少し良い方がええぞ」

「そうですね」

「これは手で食うには惜しい」

 なるほど。

 器。

 箸。

 次の課題。

「来週もやるんか?」

 聞かれる。

 俺は首を振った。

「来週は休みます」

「なんでや」

「寺で炊き出しをします」

「炊き出し?」

「はい」

「一年のお礼です」

 男たちは顔を見合わせた。

「お前の家、変わってるな」

「そうですか?」

「普通これだけ売れたら、もっと稼ぐぞ」

 そうかもしれない。

「でも」

「皆さんのおかげですから」

 そう答えると。

「ほんま変な坊主や」

 笑われた。

 その後も客は途切れなかった。

 正直。

 炒め飯よりも。

 つみれ汁よりも。

 揚げ物を見に来る人が多かった。

「噂の坊主がまた何か作った」

 そんな感じだった。

 料理半分。

 俺を見る興味半分。

 でも。

 来てもらえるなら十分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夕方。

 片付け。

 銭を数える。

「……」

 父上の手が止まった。

「どうしました?」

「八郎」

「はい」

「これ……」

 本来の値段なら。

 三千文を超える計算だった。

 でも。

 値引きした。

 試食も出した。

 失敗もあった。

 それでも。

「二千八百文ほどある」

 静かになった。

「二千八百……」

 三郎兄様が呟く。

「一日で?」

「半日です」

「言うな」

 父上が苦笑した。

「余計怖い」

 銭袋。

 前より明らかに重い。

 最初は五千文足りなくて悩んでいた家。

 それが今。

 一度の市で、その半分以上の銭を動かしている。

 帰り道。

 誰も浮かれていなかった。

 嬉しい。

 でも怖い。

 父上が銭袋を抱える。

「八郎」

「はい」

「これは……」

「はい」

「もう、ただの飯売りではないな」

 俺も頷いた。

 油。

 香り。

 新しい料理。

 それは銭だけではなく。

 人を集める力を持っていた。

 八郎の小さな店は。

 村の中で、確実に大きな存在になり始めていた。

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