1532年12月3週目。八郎、油の力を試す。野菜の天ぷらと混ぜ飯で40文。強気だが手間がかかる。
十二月の三週目。
年末の炊き出し前。
最後の商いの日が近づいていた。
「今回は挑戦です」
俺がそう言うと、兄様たちは顔を見合わせた。
「また八郎の挑戦か」
三郎兄様が笑う。
「今度は何するんや?」
「揚げ物です」
「本当にやるんやな」
「はい」
前から考えていたもの。
油を使った料理。
「使うものは」
指を折って数える。
「茄子」
「大葉」
「椎茸」
「ごぼう」
「それと」
「小エビ」
「できれば鯖」
父上が腕を組む。
「魚まで揚げるのか」
「試しです」
「全部うまくいくとは思ってません」
大事なのは挑戦すること。
売れる形を探すこと。
ただし今回は役割を変える必要がある。
「三郎兄様」
「おう」
「炒め飯をお願いします」
三郎兄様が笑った。
「任せろ」
最近は自信がついている。
卵。
油。
鉄鍋。
扱いにも慣れてきた。
「父上」
「わしは?」
「つみれ汁をお願いします」
「味は?」
「母上に整えてもらいます」
「見るだけならできます」
父上は頷いた。
「分かった」
そして。
「母上」
「はいはい」
「一番難しいところをお願いします」
「あら」
「揚げ物です」
母上が苦笑する。
「また難しそうなのを持ってきたね」
「すみません」
でも。
母上ならできると思った。
「油の熱さ」
「衣の付き方」
「揚げる時間」
「そこが大事です」
兄様たちは呆れる。
「お前、本当に料理人みたいやな」
「私は作れません」
そう答える。
事実だ。
「鍋に届きませんから」
みんな笑った。
問題は味だった。
「基本は塩です」
「塩?」
「はい」
「揚げたものに少し塩」
「それだけでも美味しいと思います」
油の香り。
野菜の甘み。
それを楽しむ。
でも。
「本当は」
「まだあるんか」
父上が笑う。
「あります」
「出汁が欲しいです」
「だし?」
「はい」
「野菜や魚から出る旨味です」
俺は説明する。
「魚を煮た汁」
「野菜を煮た汁」
「そこに味噌の上澄みを合わせる」
醤油はまだ難しい。
でも近いものなら作れるかもしれない。
「そこに少しくぐらせて食べる」
「それができれば、もっと美味しいと思います」
母上が目を丸くした。
「そこまで考えてるの?」
「考えてるだけです」
「できるとは限りません」
父上は笑った。
「八郎」
「はい」
「お前は腹いっぱいになればいい、ではないんじゃな」
「はい」
そこは違う。
「腹を満たすだけなら」
「米を増やせばいいです」
「でも」
人が銭を出す理由。
それは。
「うまい」
「また食べたい」
そう思うから。
「そこに価値があります」
父上は黙った。
「で」
三郎兄様が聞く。
「その高そうな飯」
「いくらで売るんや」
「野菜の揚げ物と混ぜ飯で」
少し考える。
「五十文……」
兄様たちの目が大きくなる。
「五十!?」
「いや」
俺は考え直す。
「四十文ですかね」
「それでも高いぞ」
「はい」
分かっている。
「でも」
「油は高いです」
「卵も使います」
「粉も使います」
「手間もあります」
安く売ればいいわけではない。
「これは贅沢な飯です」
「だから値段をいただきます」
父上が頷く。
「なるほどな」
「ただ」
「売れなかったら?」
四郎兄様が聞く。
「その時は考えます」
「例えば」
「最初だけ小さく切って食べてもらう」
「試し食いか」
「はい」
知らない料理。
見たことないもの。
いきなり四十文は怖い。
「だから」
「一口食べてもらう」
「うまいと思った人に買ってもらいます」
「小エビや魚も同じです」
「少し揚げて」
「食べてもらう」
「価値を知ってもらいます」
三郎兄様が笑った。
「また坊主目当てで客来るんちゃうか」
「料理目当てで来てほしいです」
「いや」
父上が笑う。
「両方じゃな」
「ただ」
俺は最後に言った。
「失敗する可能性もあります」
油の温度。
衣。
味。
初めてのことばかり。
「全部売れるとは思ってません」
「でも」
「やってみないと分かりません」
父上は頷いた。
「よし」
「やってみよう」
「はい」
こうして十二月三週目。
混ぜ飯。
つみれ汁。
炒め飯。
そして。
初めての揚げ物。
八郎の店はまた一つ、新しい挑戦をすることになった。
成功するか。
失敗するか。
それはまだ誰にも分からない。
ただ一つ分かること。
家族全員が、もう失敗を怖がるだけではなくなっていた。




