1534年3月4週目。八郎宅の食卓で選抜された姫君と一緒に食卓を囲う。意外と二郎兄様と姫君の空気感がいいぞと勘づく八郎と母上。
その晩、八郎の家では、いつもより少し広い座敷に膳が並べられた。
兄弟だけではない。
島津本家の姫君たち。
千代姉様。
それに父と母。
三郎が台所を見ながら、五郎が席を整え、二郎がなぜか芋の話をする準備をしている。
八郎はその様子を見ながら、満足そうに頷いた。
「本当ならですね」
「三郎兄様、五郎兄様、二郎兄様と、それぞれお話しした姫様方だけを別の部屋に分ける
という手もありました」
「ほう」
母が笑いながら聞く。
「でも、それをすると、いつものうちの食卓ではなくなります」
八郎は真面目な顔で続けた。
「姫様方が兄様方と縁を結ばれるなら、兄様一人だけではなく、うちの家と縁を結ぶことになります」
「つまり、他の兄様方とも兄弟になるわけです」
「その他の兄様方、という言い方は変ですが」
「変やな」
六郎がすぐ突っ込む。
「俺ら残り物みたいに言うな」
「残り物ではありません」
「ただ、選ばれなかった兄様方です」
「もっと悪いわ!」
七郎まで声を上げ、座敷に笑いが広がった。
姫君たちも口元を押さえて笑っている。
八郎は平然としていた。
「とにかく、自然にご飯を食べるのが一番です」
「まあ、この状態が自然かと言われると、全然自然ではありませんけど」
「そこは言うんやな」
五郎が笑う。
「はい」
「でも今日は、皆さんで交流を深めていただけたらと思います」
八郎は三郎と五郎をちらりと見る。
「三郎兄様と五郎兄様は、複数の姫様が関心を持ってくださっています」
「なので、多少は気を使うことになると思います」
「……八郎」
三郎が困ったように言う。
「飯の前にそういうこと言うな」
「大事ですから」
「なんなら、両方行くという、本当に無茶苦茶な話もありますけど」
その瞬間、母がぴしゃりと言った。
「それは節操がない」
八郎はすぐに頭を下げる。
「冗談です」
「冗談に聞こえないところが怖いんよ」
母の一言でまた笑いが起きる。
「では、ご飯にしましょう」
母が皆を見回した。
「姫様方も、今日は遠慮せず食べてくださいね」
「八郎に振り回されてごめんなさいね」
姫君たちは一斉に首を振る。
「いえ、とんでもありません」
「とても楽しいです」
母は柔らかく笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「こんなに大勢で卓を囲めるなんて、私は嬉しいんよ」
「うちの八郎は、四歳なのに、領地が広がって、大大名みたいになりかけて」
「母としては、何が何やら分からないことも多いんです」
八郎が少し照れた顔をする。
「母上」
「でもね」
母は続けた。
「どれだけ領地が広がっても、銭が動いても、八郎が兄弟のことを気にかけてくれるのが嬉しい」
「兄弟仲が悪くならずにいてくれるのが、一番嬉しい」
「私は、そこが一番大事やと思っています」
その言葉に、座敷が少し静かになった。
長姉の姫君が、丁寧に頭を下げる。
「お母様、そのお考えは、とても素敵だと思います」
母は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「まあ、難しいことは八郎が考えてくれるので」
「私は、皆でご飯を食べられたら、それで嬉しいんです」
八郎は隣の父を見る。
「父上も、何か気の利いたことを言っていただいてもいいですよ」
父が驚いた顔をする。
「わしに振るのか」
「はい」
「でも、気が利かなかったら、別に喋らなくても大丈夫です」
「いつの間にか、わしはそんな扱いになっておるな」
その一言で、兄弟たちが一斉に笑った。
母まで笑う。
「父上はそこにいてくださるだけで十分です」
「飾り物みたいに言うな」
「いえ、家の柱です」
「柱は喋らんからな」
「では、喋る柱でお願いします」
「難しい注文やな!」
父の困った顔に、姫君たちまで笑ってしまった。
そうして食事が始まった。
三郎の用意した汁物。
親鳥を柔らかく煮た小鉢。
芋を少し甘く焼いたもの。
野菜の和え物。
白い飯。
決して豪華すぎるわけではない。
だが、温かい膳だった。
食べながら、自然に話が広がっていく。
三郎の近くでは、姫君たちが料理の話を聞いている。
「親鳥は固いのに、どうしてこんなに柔らかいのですか」
「長く煮るんです」
「あと、味噌と醤油を少し」
「卵でとじる料理もあるんですよね」
「あります」
「今度、作ります」
三郎は照れながらも、嬉しそうだった。
五郎の周りでは、市の話になっていた。
「人が多い市では、どうやって揉め事を避けるのですか」
「時間を分けるんです」
「村ごと、庄屋衆ごとに」
「八郎が考えました」
「五郎様が回っておられるのですか」
「はい。まあ、八郎に言われてですが」
「でも、皆さん五郎様のことを覚えておられますよ」
五郎は少し照れたように笑う。
「ありがたいことです」
一方で、二郎と、二郎に関心を持っていた姫君は、思ったより自然に話していた。
「芋は、どんな土地でも育つのですか」
「どんな土地でも、というわけではありません」
二郎はゆっくり答える。
「水が多すぎるところは向きません」
「痩せた畑でも育つことはありますが、植え方と苗の扱いが大事です」
「島津本家の畑も、一度見てみないと分かりません」
「では、見ていただけますか」
「もちろんです」
「私も、一緒に見てもよろしいですか」
二郎は一瞬驚き、それから小さく頷いた。
「その方が助かります」
「島津の方々をまとめていただけるなら、話が早いです」
姫君は嬉しそうに微笑んだ。
「では、勉強いたします」
その二人の様子を、八郎と母が少し離れたところから見ていた。
八郎が小声で言う。
「母上」
「二郎兄様とあの姫様、なんとなく空気が似てませんか」
母も同じ方向を見る。
二郎は派手に笑うわけではない。
姫君も前に出るわけではない。
けれど、会話が途切れても気まずくならない。
芋の話を聞き、畑の話を返し、少し笑う。
その間合いが、妙に落ち着いていた。
「確かにね」
母は小さく頷いた。
「一郎と千代姫様の時にも、少し似てるかもしれないね」
「ですよね」
「これは、案外いけるかもしれません」
「また八郎が変なことを考えてる顔やね」
「変なことではありません」
八郎は胸を張る。
「家族計画です」
「四歳児が言う言葉じゃないね」
母が笑うと、八郎も照れたように笑った。
その晩の食卓は、縁談の場でありながら、不思議と堅苦しくなかった。
笑いがあり、汁物の湯気があり、芋の香りがあり、父の間の抜けた一言があり、母の温かい目があった。
姫君たちは、八郎の兄弟を見るだけではなく、この家そのものを見ていた。
そして八郎は、そのすべてを見ながら、静かに思った。
縁は、茶室だけでは結べない。
飯を一緒に食べて、笑えるかどうか。
それが一番大事なのだ。




