1534年3月4週目。八郎の館をでた島津本家の使者はまず姫君の館に行く。連合軍で肝付攻めの話が出る。
島津本家の使者は、八郎の屋敷を出るとすぐに馬を走らせた。
懐には、八郎から島津本家へ宛てた返書がある。
だが、そのまま本家へ戻るわけにはいかなかった。
一度、姫君たちのいる居城へ寄る必要があった。
八郎の返事は、ただの礼状ではない。
市を入れる話。
芋を植える話。
島津分家と連合軍を組めるかという話。
そして、肝付攻めという、思いもよらぬ提案。
これは、当主だけでなく、姫君たちにも関わる話だった。
使者は居城へ入ると、すぐに家臣たちを集めた。
「急ぎでございます」
「八郎殿より返書をいただきました」
「私はこれより早馬で本家へ戻ります」
「ですが、その前に、皆様へお伝えしておかねばならぬことがあります」
居並ぶ家臣たちの顔が引き締まる。
「まず、姫君方へは、すでに本家より文が届いているはずです」
「その文にも書かれていると思いますが――」
使者は一度息を整えた。
「婚姻の話は、もはやただの茶会ではなくなりつつあります」
「島津本家からの正式な申し入れとして、八郎殿の兄弟衆との縁を結ぶ方向へ動いております」
その場がざわついた。
「やはり、そこまで進みますか」
「はい」
「八郎殿は、無理やり上から決めることを好まれません」
「姫君方と兄弟衆が話し、納得することを大事にされています」
「ですが、島津本家として市を導入したい」
「芋の作付けも頼みたい」
「そして援軍の約束まで出した」
「そうなれば、縁談は外交の話にもなります」
家臣たちは黙って頷く。
「さらに、八郎殿は確認したいことを挙げられました」
「一つ」
「島津本家は、島津分家、実久様の軍勢と連合軍を組めるのか」
「二つ」
「農繁期に、農民兵ではなく、正規の侍衆をどれだけ援軍として出せるのか」
「三つ」
「切り取った土地を、八郎領が管理し、市を入れ、借金を整理する形でよいのか」
「土地を八郎領が、島津は銭を取る、という形でございますか」
一人の家臣が思わず呟いた。
使者は頷く。
「その通りです」
「そして、攻める先は――肝付です」
「肝付?」
家臣たちの顔色が変わった。
「龍造寺ではないのですか」
「違います」
使者は八郎の言葉を思い出しながら、ゆっくり話した。
「八郎殿は、今、龍造寺を攻めるのは避けたいと申されました」
「北肥後を取れば、大友、大内、龍造寺が警戒する」
「まだ向きを決めていない北肥後の国人衆を、無理に刺激することになる」
「ならば、北肥後は市を回し、借金を消し、暮らしの差を見せる」
「向こうから頭を下げさせる」
「金をかけずに、です」
「……なるほど」
家臣の一人が唸った。
「肝付であれば、島津の話として処理しやすい」
「本家と分家の連合軍にもできる」
「その通りです」
「八郎殿は、八郎軍から三千五百から四千」
「実久様から千五百」
「島津本家より千五百、できれば二千」
「合わせて六千五百から七千五百」
「それで肝付へ向かう構想です」
「七千……」
別の家臣が息を呑む。
「うちは伊東へ三千で攻めました」
「倍の人数で来られたら、肝付も初手から苦しいでしょう」
「しかも、八郎殿のことです」
使者は少し苦笑した。
「阿蘇攻めの時と同じやり方をされるでしょう」
「道中で飯を買い、銭を撒き、炊き出しをし、豊かさを見せつけながら進む」
「たぶん、百万文ほど平気でばら撒きます」
「見てみたいな」
若い家臣が思わず漏らした。
すぐに年長の家臣が睨む。
「見てみたい、ではない」
「これは戦の話だ」
「とはいえ……見てみたい気持ちは分かる」
場に少し笑いが漏れた。
使者は真顔に戻る。
「だからこそ、姫君方にもきちんと説明してください」
「これは、ただの恋の話ではありません」
「島津本家が八郎殿の物語へ入るかどうかの話です」
「縁が結べるなら結ぶ」
「ただし、姫君方の心も無視しない」
「八郎殿はそう言われております」
「承知しました」
家臣たちは深く頷いた。
「では、私はこれより本家へ戻ります」
「文は早馬で運びます」
「船でゆるゆる戻っている場合ではございません」
「島津分家の領分も通り、必要ならさらに早馬を継いで走らせます」
「本件は急ぎです」
そう言い残すと、使者は再び馬へ乗った。
蹄の音が遠ざかっていく。
残された家臣たちは、しばらく黙っていた。
やがて一人が呟く。
「……姫君方へ、お話しせねばならんな」
「まずは、おめでとうございます、か」
「いや、いきなりそれでは驚かれる」
「だが、文はすでに届いているのでしょう?」
その言葉に、皆が顔を見合わせた。
確かに。
姫君方のもとには、すでに本家からの文が届いている。
そこにはおそらく、茶会の続きでは済まぬ言葉が書かれている。
縁を結べ。
動け。
八郎殿の兄弟衆と話せ。
そして、島津本家の未来を考えよ。
家臣たちは静かに立ち上がった。
姫君たちの間では、もう文が開かれているかもしれない。
その文を読んだ彼女たちが、どんな顔をしているのか。
誰もが少し緊張しながら、奥の間へ向かって歩き出した。




