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1534年3月4週目。島津本家が帰る。ただし今回は陸路、仇敵の実久の領分を見ながら。八郎商会を入れた姿を見たい。あと報告はちゃんと入れろwww

帳面合わせの報告が島津本家へ届いたのは、その日の夕刻だった。

忠良と貴久は、しばらく黙って帳面を眺めていた。

やがて忠良が、深く息を吐く。

「……そろそろ帰るか」

「はい」

「ただし、今回は陸路で帰りたい」

貴久が顔を上げる。

「陸路でございますか」

「せっかくじゃ。実久の領地を少し見て帰る」

その名が出た瞬間、周囲の家臣たちが微妙な顔をした。

忠良はそれを見て鼻で笑う。

「なんじゃ。わしが実久を嫌っとるから不思議か」

「いえ……」

「嫌いじゃ」

忠良はあっさり言った。

「戦った相手じゃ。好きなわけがなかろう」

「じゃが今は違う」

「やつが八郎殿と縁戚になったことで、互いに戦うことをやめた」

「だからこそ、こちらは伊東へ兵を出せた」

貴久は静かに頷いた。

「その通りにございます」

「それにじゃ」

忠良は帳面を指で叩く。

「先日の姫たちと兄弟衆の茶会で聞いた話」

「実久の領地では、農民の暮らしが良くなり、湯浴み場まで大量にできとるという」

「……見たい」

その言葉は、殿としての本音だった。

「見た上で、こちらにも入れられるものなら入れたい」

「湯浴みも、市も、芋も」

「ただし」

忠良の目が細くなる。

「それが八郎殿の毒であることも、よう分かる」

広間が静かになる。

「島津分家は、もう八郎家とは戦えん」

「豊かさを見せられ、借金を消され、娘を嫁がせ、領民を救われた」

「縁を組むという形で、毒を飲むことを選んだんじゃ」

「悪く言えば、実久は白旗を上げた」

「自分たちだけでは財政を立て直せんと認めた」

家臣の一人が唾を飲む。

「実久様が……」

「無能な男ではない」

忠良は即座に言った。

「だからこそ怖い」

「無能ではない男が頭を下げるほど、八郎殿はすごいということじゃ」

「聞いた時は、わしも度肝を抜かれた」

「酒を飲んで笑っておったがな」

そこで忠良は、もう一度帳面を見た。

「二千万文の借金を、この短い間に千五百万文減らした」

「異常じゃ」

「なぜこれを、もっと早く本家に報告せなんだ!」

家臣たちが身を縮める。

一人が恐る恐る言った。

「申し訳ございませぬ。ただ……八郎殿が、あまりにも普通に申されるのです」

「普通?」

「はい。『順番です』と」

「『細かい帳面は皆さんで見てください』と」

「そのように軽く言われるものですから……」

「軽く言うから軽いと思うな!」

隆久の声が飛ぶ。

「二千万文じゃぞ!」

「しかもそれどころではございませぬ」

別の家臣が慌てて口を挟んだ。

「阿蘇攻めの戦費も、一週間ほどで付けを消しております」

「いくらじゃ」

「五百五十万文以上にございます」

「……なんじゃそりゃ」

隆久が額を押さえた。

「お前、その話はもっとちゃんとせえ!」

「さらに、島津分家の兵二千への支払いとして、実久様へ二百八十万文を即金で払っております」

「だから、なんでそれを今言う!」

家臣たちは平伏した。

「数字が多すぎまして……」

「八郎殿も途中から、細かい数字を言うのをおやめになりまして」

「『全部見てください』と申されるので、我らも見切れておりませぬ」

忠良は長く息を吐いた。

「見切れんからこそ、要を拾え」

「今、八郎商会にどれだけ力があるのか」

「それを探らねばならん」

「他家の懐を探るのは難しゅうございます」

「それは分かっとる」

隆久は唸る。

「じゃが、少なくとも分かったことがある」

「島津分家に二百八十万文を即金で払い」

「五百五十万文の戦費を一週間で消し」

「なおかつ、阿蘇へ向かう道中で百万文をばら撒きながら行軍した」

「……百万文ですか」

「そう聞いておる」

「飯を買い、労賃を払い、炊き出しをし、沿道に豊かさを見せつけた」

忠良の声が低くなる。

「それをなぜ言わん」

「昨日聞いた話では、城攻めの話ばかりじゃった」

「だが違う」

「あの戦は、城を囲む前から始まっておったのだ」

貴久が静かに頷いた。

「八郎殿は、阿蘇を攻めながら、周囲の国人衆にも見せていた」

「そうじゃ」

「『八郎という四歳児は、銭を撒き、飯を出し、借金を消す』」

「そう道中で宣伝しながら進んだ」

「だから阿蘇が落ちた後、国人衆が降った」

「一本の線で見ると、筋が通る」

忠良は帳面を閉じた。

「話が飛んでいるように見えて、八郎殿の中では全部つながっておる」

「物語があるのじゃ」

広間に重い沈黙が落ちた。

やがて忠良は、姫君たちの方へ目を向けた。

「そういうわけじゃ」

「お前たちも、頑張れ」

姫君の一人が首を傾げる。

「頑張る、とは……?」

「八郎殿が甘やかしてくれるうちは、頼れ」

「向こうは嫌な顔はせん」

別の姫が少し赤くなる。

「頼るとは、膝枕をして差し上げるとか……?」

「そんなわけあるか」

忠良は即座に首を振った。

「ただ者ではないのだぞ」

「貧しい商家の八男が、二歳半から四歳まででここまで来た」

「九州一の成り上がり者じゃ」

「膝枕が好き、姉様に甘えたい、などという言葉だけで聞くな」

「半分は本音かもしれん」

「だが、もう半分には必ず思惑がある」

姫君たちは、思わず顔を見合わせた。

可愛らしい四歳児。

膝枕をねだる子ども。

けれどその裏で、国を動かし、借金を消し、戦を始まる前から終わらせる男。

忠良は静かに告げた。

「笑って近づけ」

「だが、侮るな」

「八郎殿に可愛がられるということは、島津本家が八郎殿の物語の中へ入るということじゃ」

その言葉に、姫君たちは小さく頷いた。

春の夜は静かだった。

だが島津本家の中では、八郎という四歳児の存在が、酒の笑い話では済まなくなり始めていた。

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