1534年3月3週目島津本家とのご縁会が終了。八郎家族が帰った後、島津の大殿が姫君たちと話す。
お茶会が終わるころには、夕日が屋敷を赤く染めていた。
兄弟たちは八郎に礼を言って帰り、八郎も「私は帳面がありますので」と笑いながら帰っていく。
広間には大殿と姫君たちだけが残った。
しばらく静かな時間が流れたあと、大殿が酒を口に運び、大きく息をつく。
「さて。」
「……。」
「わしも本当は聞きたい。」
「めちゃくちゃ聞きたい。」
姫君たちがくすりと笑う。
「でも、野暮はせん。」
「言える範囲でええ。」
「どうじゃ。」
「今日は。」
「楽しかったか。」
姫君たちは顔を見合わせる。
一番上の姫君が静かに口を開いた。
「はい。」
「思っていたより、ずっと。」
「そうか。」
大殿は満足そうにうなずいた。
「それよりもじゃ。」
「やっぱり八郎殿は面白い。」
「四歳児とは思えん。」
「話の飛び方もそうじゃ。」
「思いつきかと思えば筋が通っとる。」
「しかも妙に丁寧じゃ。」
「日本中探しても、あんな子はおらんやろ。」
家臣たちも苦笑いする。
「正直な。」
「わしは八郎殿に合う姫君がおるならと思って見とった。」
姫君たちは少し驚いた顔になる。
「どう思った?」
大殿が一番上の姫君へ問いかけた。
姫君は少し困ったように笑った。
「結婚……は。」
「正直、難しいと思います。」
「でしょうね。」
「でも。」
「膝枕してあげたら喜びそうでした。」
広間に笑いが広がる。
「『お姉様方に甘えたい年頃です』って言ってましたから。」
「はっはっは!」
「確かにそうじゃ!」
大殿が腹を抱えて笑う。
「そこから少しずつ仲良くなることはできそうか?」
姫君は少し考えたあと、小さくうなずいた。
「ええ。」
「遊んだり、おしゃべりしたり。」
「可愛がるという意味なら。」
「できるかもしれません。」
「結婚ではなくても。」
「それで十分じゃ。」
大殿は満足そうに酒を置いた。
「八郎殿が来れば。」
「兄弟も来る。」
「兄弟が来れば。」
「他の姫たちも喜ぶ。」
「それだけでも価値がある。」
「はい。」
「それに。」
「八郎様は、無理にくっつけようとはしませんでした。」
「そこが安心できました。」
「そうじゃな。」
「さて。」
大殿は今度は別の姫君たちへ視線を向けた。
「二郎はどうじゃ。」
「三郎は。」
「五郎は。」
「どうじゃった。」
少し照れながら、それぞれが答えていく。
「三郎様は思った通り優しい方でした。」
「料理のお話が面白かったです。」
「五郎様は自然にお話ししてくださいました。」
「緊張がほぐれました。」
「二郎様は……。」
少し頬を赤らめながら微笑む。
「真面目で。」
「一生懸命お話ししてくださって。」
「悪くなかったです。」
「そっか。」
大殿は静かにうなずく。
「それならええ。」
そして表情を少しだけ引き締めた。
「ただな。」
「さっき八郎殿も言うとった。」
「大友の話じゃ。」
広間の空気が変わる。
「今。」
「島津本家。」
「島津分家。」
「この縁は八郎殿が用意してくれとる。」
「せやから。」
「今なら動ける。」
「でも。」
「もし大友から正式な縁談が降ってきたら。」
「八郎殿でも断りにくい。」
「そう言うとった。」
姫君たちは静かにうなずく。
「そうなる前に。」
「今ある縁を大事にせぇ。」
「悔いだけは残すな。」
一番上の姫君が小さく息をついた。
「……複雑ですね。」
「ええ。」
「八郎様は私たちのことを考えてくださっている。」
「でも。」
「外交もある。」
「だから急いでほしい、と。」
「そういうことですね。」
「その通りじゃ。」
大殿は優しく笑う。
「無理に結婚せぇとは言わん。」
「ただ。」
「会いたいと思うなら会え。」
「話したいと思うなら話せ。」
「それだけでもええ。」
「そうしているうちに。」
「自然と答えは出る。」
すると一人の姫君が恥ずかしそうに口を開いた。
「八郎様。」
「最後に変なことを言ってましたね。」
「なんじゃ。」
「『布団に入れそうやったら、私は後ろから背中を押します』って。」
その瞬間。
広間中が吹き出した。
「ぶっ!」
「はっはっは!」
「ほんまに四歳児か!」
大殿は涙を拭きながら笑う。
「でも。」
「八郎殿らしい。」
「最後まで世話を焼く気なんやろ。」
姫君たちも照れながら笑う。
「恥ずかしいですけど……。」
「少し安心しました。」
「無理に決められるより。」
「自分たちで決められる方が。」
「嬉しいです。」
「それでええ。」
大殿は静かに立ち上がる。
「今日はよう笑った。」
「八郎殿のおかげで。」
「島津本家も。」
「少しずつ前へ進めそうじゃ。」
姫君たちも穏やかな笑顔でうなずき、それぞれ今日交わした会話を思い返しながら、
自室へと戻っていく。
春はもうすぐそこまで来ていた。




