1534年3月3週目。阿蘇攻めの際に大友が兵を援軍として出すことは想定済。使者を捕まえ詳細を知ると総攻撃。その後知らんふりをして50万文投げて交易を始める
「実はですね。」
八郎が湯飲みを手に取りながら続ける。
「私は最初から、大友が援軍を出してくるだろうと思っておりました。」
「ほう。」
大殿が身を乗り出す。
「だから城だけを見て戦っていたわけではないんです。」
「城の外も見ておりました。」
「阿蘇から大友へ向かった使者がおりましたから、その戻りを待っていたんです。」
「数日後、その使者が帰ってくるところを捕らえました。」
「そこで文を読ませてもらうと――」
『二週間待て。五千で援軍を出す。』
「と、書いてありました。」
広間が静まり返る。
「なるほど。」
「援軍が来ることが確定したわけじゃな。」
「はい。」
「だから逆算しました。」
「二週間ではなく、おそらく十日ほどで来る。」
「そうすると、城を挟み撃ちにされる可能性があります。」
「だから。」
「最後の一日は大きく動きました。」
八郎は小さな手で机に円を描く。
「夜だけ三割の兵に思い切り騒いでもらいました。」
「太鼓を鳴らし。」
「鬨の声を上げ。」
「松明を振って。」
「城中の兵を一睡もさせないようにしました。」
「もちろん。」
「七割の兵は寝ています。」
「交代制ですから。」
「翌朝。」
「十分休んだ七割が一気に前へ出ました。」
「実久様の軍勢にも先頭へ立っていただきました。」
「島津のお侍様方は、『ようやくか!』という顔をしておりました。」
その場が笑いに包まれる。
「そして攻め込んでみると。」
「もう相手は限界でした。」
「三千いた兵のうち。」
「二割ほどが夜のうちに逃げてしまっていたんです。」
「兵糧もかなり減っていたそうで。」
「矢も少なく。」
「もう戦う顔ではありませんでした。」
大殿が腕を組む。
「そこまで削ったか。」
「はい。」
「だから最後は押すだけでした。」
「門を破り。」
「中へ入り。」
「戦う気のない者には。」
『槍を捨てて逃げなさい。』
「そう伝えました。」
「逃げる者は追いませんでした。」
「結果として。」
「何十人か怪我はしましたが。」
「思ったよりずっと少ない損害で終わりました。」
姫君たちもほっとしたような表情になる。
「それで。」
「阿蘇のお侍さんたちの八割ほどが。」
「私のところへ降ってくださいました。」
「なんじゃい。」
「やる気ないのう。」
大殿が笑う。
八郎も首を振った。
「違うんです。」
「私も最初はそう思いました。」
「でも違いました。」
「あとで話を聞くと。」
「『もう戦いたくありません。』」
「『ここでもう一度やり直したい。』」
「そう言われたんです。」
「だから私は。」
「体をえぐったんじゃないんです。」
「どうも。」
「心をえぐっていたみたいなんです。」
その一言に広間が静かになる。
「飯を見せ。」
「借金が減ることを見せ。」
「豊かな領地を見せ。」
「眠れない夜を続け。」
「最後に逃げ道だけは残す。」
「それで心が折れたんでしょう。」
大殿は大きく息を吐いた。
「……恐ろしい。」
「槍より怖いわ。」
「そうして。」
「当主の方は逃げられ。」
「その方が大友へ事情を伝えました。」
「大友も。」
「阿蘇は落ちた。」
「今さら戦う意味はない。」
「そう判断して引き返されました。」
「それで終わりかと思いきや。」
八郎がにやりと笑う。
「その後です。」
「私は大友様と大内様へ。」
「五十万文ずつ贈りました。」
「『交易をいたしませんか。』」
「という手紙を添えて。」
「もちろん。」
「援軍を出していたことは。」
「知らないふりです。」
「……。」
「……。」
「……。」
広間中が言葉を失う。
やがて大殿が頭を抱えた。
「なんじゃ、お前は!」
「腹の中が全然わからん!」
「食えん男じゃ!」
「敵に回したくないわ!」
家臣たちも思わず苦笑する。
「戦が終わったら。」
「普通は恨むじゃろ。」
「いや。」
「こちらから攻めたわけではありませんし。」
「今後は仲良くできるなら。」
「その方が皆さん幸せでしょう。」
「だから先に挨拶だけ済ませました。」
大殿は笑いながら八郎を見つめる。
「怖いのう。」
「こんな四歳児が敵なら。」
「夜も眠れんわ。」
八郎は肩をすくめる。
「敵なら。」
「今この場で私は首をはねられてますよ。」
「もう大殿様の目の前ですし。」
「確かに!」
「がっはっは!」
広間は大爆笑になった。
姫君たちまで声を上げて笑っている。
「今なら国取りできそうじゃな!」
と大殿が冗談を飛ばす。
すると八郎は首を横に振った。
「そんな取り方。」
「格好悪いですよ。」
「面白くないじゃないですか。」
「私は正々堂々と――」
一拍置いて。
「正々堂々とは戦いませんけど。」
その一言でまた爆笑が起きる。
「お前!」
「そこは言い切るんか!」
「はい。」
「勝つためには考えます。」
「でも。」
「勝った後は仲良くしたいんです。」
「だから今こうして。」
「芋焼酎も持ってきたんです。」
八郎が酒瓶を軽く叩く。
「姫君方にちょっかいを出し過ぎると。」
「この芋焼酎。」
「次から届きませんよ。」
「それは困る!」
「頼む!」
「八郎様!」
「どうか続けてくだされ!」
大殿が慌てて頭を下げる真似をすると、姫君たちは腹を抱えて笑い、一郎や兄たちも
「酒一本で大殿を黙らせる四歳児なんて見たことがない」と肩を震わせる。
広間は終始笑い声に包まれ、八郎は「これでしばらくは姫君方も安心してお茶会できますね」と
満足そうに湯飲みを手に取り、にこりと笑うのであった。




