1534年3月3週目。大殿の忠良が阿蘇の戦いの解説をしてもらう。じれったい戦だ。4歳児は泥遊びしているときに八郎は洗浄で味噌汁かと笑われる。
大殿が八郎の隣へどっかりと腰を下ろす。
「そうじゃ。」
「阿蘇の戦の話を聞かせい。」
「一万で攻めて、ほとんど損も出さんかったそうやないか。」
周囲の姫君たちも興味津々で耳を傾ける。
八郎は少し照れくさそうに笑った。
「実はですね。」
「阿蘇へは一万の兵で向かいました。」
「八千が八郎軍。」
「残り二千が島津分家、実久様のお力添えでした。」
「実久様や島津の侍様方には、本当に助けていただきました。」
大殿が腕を組む。
「じゃがのう。」
「話だけ聞いとると、わしでもじれったい。」
「なんで最初から総攻撃せんのじゃと思うた。」
「さっさと落とした方が早いじゃろ。」
八郎は頷く。
「そうなんです。」
「実久様も、最初はそんな感じでした。」
「島津のお侍様方も、『まだ攻めんのか』『まだ待つのか』という雰囲気でした。」
「でも、私は違う考えなんです。」
「どう違う?」
八郎は真剣な表情になった。
「真っ先にやられるのは農民兵です。」
「城の中にいる兵の多くは、農業をしている人たちです。」
「戦が終われば畑へ戻る人たちです。」
「その人たちが死んでしまったら、その土地は痩せます。」
姫君たちも静かに頷く。
「私は。」
「槍一本まともに持てない四歳児です。」
「だから、人を傷つけるのはあまり好きではありません。」
「できるなら。」
「戦わずに勝ちたいんです。」
大殿は「ふむ」と唸る。
八郎は続けた。
「幸い、八郎領は少しずつ豊かになってきました。」
「借金も減らしています。」
「飯も食べられます。」
「その噂は、阿蘇にも相良にも届いていたんです。」
「しかも。」
「阿蘇と相良は、一度こちらへ七千で攻め込んできています。」
「その時、返り討ちにしました。」
「捕虜になった兵にも飯を食べさせて帰しました。」
「だから。」
「八郎領は豊かだ。」
「飯がある。」
「借金も減る。」
「ということは、相手も知っていたんです。」
姫君の一人が感心したように言う。
「最初から土台があったんですね。」
「はい。」
「だから、その土台を利用しました。」
八郎は両手で円を描く。
「城を囲みます。」
「朝は七割の兵で攻めます。」
「夜は三割だけで嫌がらせします。」
「昼は矢を撃たせます。」
「夜は寝かせません。」
「でも、無理に門は破りません。」
「相手の矢が尽きるまで待ちます。」
大殿が笑う。
「そこがじれったいんじゃ!」
「わしやったら初日に門へ突っ込む!」
「だから私は止めるんです。」
八郎は即答した。
広間が笑いに包まれる。
「矢を撃たせれば。」
「矢は減ります。」
「飯も減ります。」
「眠れません。」
「兵は疲れます。」
「そのうち逃げ出します。」
「実際、五日目くらいから夜逃げが始まりました。」
「飯を食べに来る兵までおりました。」
「その人たちには普通に味噌汁を食べてもらいました。」
「帰るなら帰っていいですよ、と。」
大殿が腹を抱えて笑う。
「敵に味噌汁!」
「そんな戦、聞いたことないわ!」
八郎も笑う。
「だから島津のお侍様方から見ても、じれったい戦だったと思います。」
「別に島津の兵だからではありません。」
「誰が見ても。」
「早く攻めろ、と思う戦です。」
「でも私は待つんです。」
「待った方が死人が減るから。」
大殿は腕を組みながら何度も頷いた。
「なるほどのう。」
「わしなら待てん。」
「実久様も途中で『まだか、まだか』と何度も言うておられました。」
「でしょうね。」
「私はその頃。」
「後ろで味噌汁飲んでました。」
一瞬静まり返り――
「ぶはっ!」
「はっはっはっ!」
「戦場で味噌汁!」
「四歳児が!」
広間中が爆笑に包まれた。
八郎は平然として続ける。
「味噌汁飲みながら。」
「『今日は矢が減ってきましたね。』」
「『あと三日待ちましょう。』」
「なんて話をしてました。」
大殿は涙を流して笑う。
「なんちゅう子どもや!」
「普通の四歳児は泥遊びしとるぞ!」
「八郎は戦場で味噌汁飲んどる!」
姫君たちも笑いが止まらない。
「しかも本人は真面目に話してますし。」
「本当に面白い方ですね。」
八郎は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや。」
「私、戦うの苦手なんですよ。」
「だから考えるしかないんです。」
「刀も振れません。」
「槍も持てません。」
「だから。」
「相手が戦いたくなくなる方法を考えるだけです。」
大殿は笑いながら八郎の頭を豪快に撫でた。
「いやぁ!」
「やっぱりお前は変わっとる!」
「こんな四歳児、九州中探してもおらん!」
その言葉に兄たちも姫君たちも深く頷き、広間は笑いと感心が入り混じった温かな空気に
包まれるのだった。




