1534年3月3週目。帳面合わせの日。淡々とやっていくが月末に肥後の借金が勝って行ってる様子を他の国人衆に見せつけたい。
三月三週目。
恒例となった帳面合わせの日。
広間には家臣、商人、帳面役がずらりと並び、山のような帳簿が積み上げられていた。
八郎は席に着くなり、いつもの一言を口にする。
「じゃあ。」
「細かいところは見といてください。」
帳面役たちが顔を見合わせる。
「はいはい。」
「いつものですね。」
「八郎様は全体を見る係ですね。」
「そういうことです。」
八郎はにこりと笑った。
「数字は皆さんの方が詳しいですから。」
「私は流れだけ見ます。」
広間に笑いが広がる。
帳面役が一冊を開いた。
「まず旧相良領についてですが。」
「来週には、ほぼ庄屋衆の借財は返済できそうです。」
八郎は頷く。
「いいですね。」
「ただ。」
「若干足りない分があります。」
「その差額は八郎商会で持とうと思っています。」
家臣が思わず聞き返した。
「また持つんですか?」
「はい。」
「理由があります。」
八郎は地図を広げた。
「三月末までに。」
「できるだけ肥後で。」
「『八郎領に入れば借金がなくなる』という実績を見せたいんです。」
全員が静かに聞く。
「春になります。」
「種まきの時期です。」
「その時。」
「困る領地は必ず出ます。」
「その人たちが。」
「うちを見たらどう思うか。」
「それが大事です。」
家臣の一人が腕を組む。
「なるほど。」
「戦ではなく。」
「見せる戦ですね。」
「そうです。」
八郎は頷いた。
「だから無理はしません。」
「……。」
「と言いたいところですけど。」
帳面役が咳払いをする。
「実は。」
「高級湯浴み二か所。」
「百二十万文ずつ。」
「合わせて二百四十万文。」
「本日、ツケを消しておきました。」
広間が静まり返る。
「……。」
「八郎様。」
「はい?」
「無理してません?」
「してませんよ。」
「いや。」
「めちゃくちゃしてますやん!」
一斉に笑いが起こる。
八郎は首を傾げる。
「借金は返していかないと。」
「返せる時に返す。」
「それだけです。」
「いやいや。」
「額がおかしいです。」
「最近。」
「もう数字の感覚がおかしくなってきました。」
「二百四十万文を軽く言われても。」
「反応に困ります。」
八郎は笑う。
「皆さんも慣れてきましたね。」
「慣れたくないです!」
また広間が笑いに包まれた。
話題が変わる。
「それから。」
「芋焼酎。」
「完成しました。」
商人が嬉しそうに報告する。
「今年は数量がまだ少ないため。」
「本格販売ではなく。」
「贈答用を中心にしたいと思います。」
八郎は満足そうに頷く。
「いいですね。」
「島津本家。」
「島津分家。」
「大友。」
「大内。」
「お世話になった方々へ送りましょう。」
「まずは。」
「知ってもらうこと。」
「それが大事です。」
「市でも少しだけ売って。」
「高級酒として扱えば面白いでしょう。」
商人も深く頷いた。
「来年には量産できます。」
「今年は宣伝の年です。」
「そういうことです。」
帳面役が思い出したように顔を上げた。
「あ。」
「そういえば。」
「八郎様。」
「何でしょう。」
「島津本家から連絡が来ております。」
「本家?」
「はい。」
「大殿様。忠良方が。」
「こちらへ来られるそうです。」
広間がざわつく。
「え?」
「何で?」
「芋焼酎ですか?」
「それとも交流?」
帳面役は苦笑した。
「いえ。」
「阿蘇の戦の話を聞きたいそうです。」
八郎はぽかんとする。
「え。」
「芋焼酎じゃなくて?」
「はい。」
「戦のお話です。」
「『四歳児が一万の兵を率いて、ほとんど損害なく阿蘇を落としたと聞いた。
ぜひ詳しく聞きたい』とのことです。」
一瞬静まり返った後。
広間中が笑いに包まれた。
「絶対。」
「祝いより。」
「そっちやん!」
「そうですよね!」
「芋焼酎どころやない!」
「酒飲みながら戦の話を聞く気満々ですな!」
八郎は苦笑いする。
「いやぁ。」
「本当は。」
「芋焼酎を持って行って。」
「『新しい酒です』って。」
「穏やかに始める予定やったんですけど。」
家臣が笑いながら言う。
「無理です。」
「最初の一言が。」
『どうやって阿蘇を落とした。』
になります。」
「絶対そうですね。」
八郎も肩をすくめた。
「もう。」
「芋焼酎を飲みながら。」
「阿蘇の戦の反省会でもしますか。」
「いや。」
「反省会やなくて。」
「武勇伝を聞きたいだけです!」
「しかも。」
「酒より戦。」
「姫様より戦。」
「八郎様。」
「本当に戦好きのお殿様方に気に入られましたな。」
八郎は照れ笑いしながら頭をかいた。
「いやぁ。」
「私は商人なんですけどねぇ。」
その一言で、広間は再び大きな笑いに包まれた。




