1534年3月2週目終わりごろ、ついに芋焼酎が完成。香りが芋だが舐めたら熱い。きついなこれ。一郎兄様に持っていく。
三月二週目も終わりに差しかかった頃。
恒例となった帳面合わせが終わると、一人の商人が大事そうに木箱を抱えて広間へ入ってきた。
「八郎様。」
「芋焼酎が完成いたしました。」
その一言で広間が静まり返る。
八郎は目を輝かせた。
「おお、できましたか。」
商人は丁寧に木箱を開ける。
中には陶器の徳利が数本。
栓を開けると、ふわりと甘い芋の香りが部屋中へ広がった。
「これが……。」
「芋焼酎でございます。」
八郎は小さな盃へ少しだけ注いでもらい、香りを確かめる。
「……おぉ。」
「結構香りますね。」
商人は嬉しそうに頷いた。
「はい。」
「米や麦とはまるで違います。」
「好き嫌いは分かれるかもしれませんが、好きな方は病みつきになる香りかと。」
八郎は一口だけ口に含んだ。
次の瞬間。
「……っ!」
喉が熱くなる。
「強い!」
思わず笑ってしまう。
「これは強い酒ですね。」
家臣たちも恐る恐る口にすると、顔をしかめる者、目を丸くする者、笑い出す者と反応は様々だった。
「喉が焼けますな。」
「でも香りは面白い。」
「これは水で割った方が飲みやすそうです。」
商人は説明を続ける。
「その通りでございます。」
「そのまま飲める方もおりますが、水で割ると香りが立ち、非常に飲みやすくなります。」
「寒い日は湯で割っても美味いかもしれません。」
八郎は満足そうに頷いた。
「いいですね。」
「これなら酒好きには受けそうです。」
「今年はどうでしょう。」
「売れますか。」
商人は帳面を見ながら答える。
「今年は販売用としては少々量が足りませぬ。」
「十五万石分の領内で、米作に向かない畑を利用して栽培いたしましたが、
今年はまだ苗芋を増やすことを優先いたしました。」
「収穫した芋も、種芋・食用・焼酎用に分けましたので、焼酎に回せた量はまだ限られております。」
「ですので今年は――」
「贈答用が中心になるかと。」
八郎はすぐに頷く。
「それで十分です。」
「利益より名前ですね。」
商人も笑う。
「はい。」
「島津本家。」
「島津分家。」
「大友。」
「大内。」
「有力寺社。」
「豪商。」
「そのあたりへ贈れば、『八郎領にはこんな酒がある』という評判になります。」
「市でも少しだけ販売し、高級品として扱えば珍しがって買う者も出るでしょう。」
帳面役が計算を読み上げる。
「利益としては、今年は百万文ほどが見込めます。」
家臣たちがどよめいた。
「百万文でも十分でございますな。」
しかし八郎は首を振る。
「今年は利益じゃありません。」
「来年です。」
「来年が本番。」
全員が八郎を見る。
八郎は地図を広げた。
「今までは十五万石分の領地で試しました。」
「来年は四十万石体制です。」
「もちろん全部を芋畑にするわけじゃありません。」
「米を作るべき田んぼはそのまま残します。」
「米作に向かない畑。」
「痩せ地。」
「新しく開墾した土地。」
「そこへ芋を植えていきます。」
「そうすれば。」
「食べる芋が増える。」
「苗芋も増える。」
「焼酎用も増える。」
「全部が回り始めます。」
商人も力強く頷く。
「さらに焼き芋も売れます。」
「干し芋もできます。」
「家畜の餌にもなります。」
「酒粕も無駄になりません。」
「芋焼酎だけではなく、芋そのものが新しい産業になります。」
八郎は笑顔になる。
「ようやくここまで来ましたね。」
帳面を閉じると、徳利を一本抱えた。
「さて。」
「これは一郎兄さんのところへ持っていきましょう。」
家臣たちが笑う。
「また何か企んでおられますな。」
「企むなんて人聞き悪いですよ。」
「報告です。」
「ちゃんとした。」
その日の夕方。
八郎は徳利を抱えて一郎の屋敷を訪ねた。
「兄さん。」
「面白い酒ができました。」
一郎は首を傾げる。
「なんや?」
徳利を開ける。
甘い香りが部屋に広がる。
「……なんやこの香り。」
「芋焼酎です。」
「十五万石分で試して、ようやく形になりました。」
一郎も恐る恐る飲む。
「……っ!」
「強っ!」
「喉が燃えるやないか!」
八郎は大笑いする。
「でしょう?」
「でも好きな人は絶対好きですよ。」
「今年は贈答用中心です。」
「来年。」
「四十万石分で本格的に広げます。」
一郎は驚いた顔で弟を見る。
「四十万石か。」
「また桁がおかしいこと言い出したな。」
八郎はにっこり笑う。
「兄さん。」
「四十万石分、よろしくお願いします。」
「来年は九州中に、この酒を広めましょう。」
一郎は苦笑しながら徳利を見つめた。
「……お前はほんま、戦より商いで天下を取りにいくつもりなんやな。」
「もちろんです。」
「戦は勝ったら終わりですけど、商いは勝った後もずっと続きますから。」




