1534年3月1週目。八郎家の食卓。夕餉の時間に一郎兄さんから夫婦で両家の若い衆のお茶会のお知らせ。
3月1週目。夕餉の時間。
いつものように家族が集まる。
戦が終わろうが。
阿蘇を取ろうが。
四十万石近い領主になろうが。
八郎にとって、この食卓だけは変わらなかった。
そんな中、一郎が口を開いた。
「そういえば」
「近いうちに千代と茶会を開こうと思う」
その言葉に母が顔を上げる。
「珍しいやないか」
「一郎からそういうこと言うなんて」
父も頷く。
「何かあったんか?」
一郎が答える前に。
八郎が手を上げる。
「はい」
「私です」
全員が八郎を見る。
「……やっぱりお前か」
三郎が呆れる。
「違うんですよ」
八郎は胸を張る。
「千代お姉様が考えてくれたんです」
「でも」
「その前に僕がめちゃくちゃ言いました」
「やっぱりお前やん」
食卓が笑う。
「いやいや」
「大事なんです」
八郎は真面目な顔になる。
「島津分家のお殿様からも、お尻を叩かれてるみたいですから」
「お尻?」
「はい」
「もっと縁を作れって」
「それぐらい帳面が動いているんですよ」
父が首を傾げる。
「そんなにか?」
「はい」
八郎は頷く。
「農民さんや商家衆の借金」
「二千万文近くあったものが」
「もう六百万文を切ってます」
「……」
食卓が止まる。
「いや」
五郎が言う。
「それはすごいんか?」
「すごくないんか?」
八郎がため息をつく。
「すごいです」
「めちゃくちゃすごいです」
「だから島津分家のお殿様も焦ってるんです」
「この家ともっと繋がらないとって」
そこで八郎はさらっと言った。
「下手したら大友からも話が来ますし」
全員が箸を止めた。
「……大友?」
「はい」
「なんでそうなる」
「この前、五十万文送りました」
「……」
「何してんねん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「違います」
八郎は説明する。
「交易しましょうって挨拶です」
「大内にも送りました」
「大内は多分大丈夫です」
「向こうからしたら」
『肥後に出てきた変わった子供』
「ぐらいでしょうから」
「交易はしても、縁談までは来ないと思います」
「でも」
「大友は違います」
「距離が近い」
「阿蘇の件もあります」
「不可侵になるか」
「もしくは……」
「姫を送ってくる可能性もあります」
兄たちが固まる。
「いやいや」
三郎が言う。
「なんでそんな話になるんや」
「大名だからです」
八郎は即答する。
「今、うちはそういう立場です」
「だから本当なら」
「大友の姫」
「島津本家の姫」
「島津分家の姫」
「全部まとめて兄さんたちにお願いすることもできます」
「……」
母が眉を寄せる。
「それは節操ないわ」
「でしょう?」
八郎が大きく頷く。
「だから!」
「僕は手順を踏んでるんです!」
「千代お姉様の顔も立てて」
「島津分家から」
「ちゃんと会って」
「話して」
「気が合うか見て」
「そうしてるんですよ」
八郎は兄たちを見る。
「僕、結構優しい弟ですよ?」
一瞬静かになる。
そして。
「自分で言うな」
全員が笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこで八郎の視線が五郎に向く。
「ところで五郎兄様」
「なんや」
「島津本家のお姫様とはどうでした?」
「……」
五郎が少し困った顔になる。
「ああ」
「市に行った」
「話もした」
「悪くはなかった」
八郎の目が光る。
「なるほど」
「なるほどですね」
「その顔やめろ」
「何考えてる」
八郎はニヤッと笑う。
「いえ」
「八郎、なかなか悪いでしょう?」
「悪いな」
一郎まで笑う。
「でもですね」
八郎は続ける。
「こうやって焚きつけないと進まないんです」
「姫様方も」
「兄様方も」
「みんな遠慮しますから」
「まだ結婚しろとは言ってないんです」
「茶を飲む」
「市を見る」
「散歩する」
「話す」
「それだけでいいんです」
そして千代を見る。
「だから千代お姉様」
「お願いしますね」
「島津分家のお姫様方も、少し焚きつけてください」
千代は苦笑する。
「八郎様」
「本当に四歳ですか?」
「四歳です」
「だから大変なんです」
「帳面も見て」
「戦も考えて」
「兄様たちの縁談まで」
「忙しいんですよ」
胸を張る八郎。
母が笑う。
「あんた」
「ほんまお節介やな」
「違います」
八郎は団子を取りながら言った。
「家族思いです」
その一言に。
みんな呆れながらも、笑ってしまった。




