1534年2月4週目。島津本家。八郎の戦費負担もあり3万5千石の割譲と停戦で意気揚々と凱旋。ゆっくりしている間に八郎領の話を聞く。
島津本家の軍勢が帰還した。
三千の兵を率いて出陣した戦。
相手は伊東、そして肝付。
途中で両家が手を組み、思ったよりも抵抗は強かった。
「やはり簡単にはいかんな」
「伊東も肝付も意地がありますからな」
そんな話もあった。
だが、兵数はこちらが上。
さらに八郎から受け取った五十万文が大きかった。
兵糧を無理に現地調達する必要がない。
兵に褒美も出せる。
無駄な略奪を抑えられる。
結果として、土地を必要以上に荒らさず進軍できた。
そして数度の戦の後――。
講和。
割譲された土地。
およそ三万五千石。
「十分じゃ」
当主は満足そうだった。
「全部取る必要などない」
「無理に飲み込めば腹を壊す」
「まずはこの土地を整える」
家臣たちも頷く。
「八郎殿ではありませんが、領地は取って終わりではありませんからな」
その言葉に皆笑った。
「最近、何でも八郎殿基準になるな」
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屋形へ戻り、久々に落ち着いた夜。
茶を飲みながら戦の報告を聞く。
「しかし、よかった」
「三万五千石は大きい」
「これで本家も勢いがつく」
貴久も頷いた。
「八郎殿からいただいた五十万文も効きましたな」
「戦費については後で帳面を合わせればよい」
「しかし……」
少し笑う。
「あの四歳児に軍資金を出してもらうとは」
「世も変わったものじゃ」
皆が苦笑した。
その時だった。
「申し上げます」
「姫様方より文が届いております」
「おお」
「向こうも元気にしておるか」
戦の疲れを癒やすように文を開く。
最初は穏やかな内容だった。
八郎領の暮らし。
ご宴会。
お好み焼き。
ふくふく焼き。
親子丼。
「相変わらず食い物ばかり作っとるな」
笑いながら読む。
だが途中で表情が変わった。
「……なんじゃこれは」
「どうされました?」
「八郎殿が……」
「うちの姫を五郎殿のところへ連れて行ったらしい」
「は?」
家臣が固まる。
「どういうことです?」
「姫が五郎殿と話して楽しかった、と言ったらしい」
「それを聞いた八郎殿が」
「楽しかったで終わらせてどうする、と」
「五郎殿を説教して市へ連れて行かせたそうじゃ」
沈黙。
そして――。
「ははははは!」
大笑いが起こった。
「何をしておるのですか、あの子は」
「戦より縁談の方が忙しそうですな」
当主も笑う。
「しかし……」
「ありがたい話じゃ」
表情を緩める。
「我らが言いたかったことを」
「あの子がやってくれておる」
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だが、次の紙を読んだ瞬間。
笑顔が消えた。
「……待て」
「どうしました?」
「阿蘇を攻めた」
「はい?」
「八郎殿が」
「一万の軍勢で」
「阿蘇を攻めたそうじゃ」
部屋が静まる。
「……いつです?」
「二月手前」
「我らが伊東方面に出ていた頃か」
「それで?」
続きを読む。
そして――。
「落とした」
「は?」
「阿蘇を落とした」
さらに読む。
「損害……ほぼなし」
全員が黙った。
「どういうことです?」
高久が眉を寄せる。
「一万で攻めたなら勝つのは分かる」
「だが城攻めぞ」
「普通は血が流れる」
「こちらも伊東相手に勝った」
「しかし兵は傷ついた」
「当然じゃ」
「戦とはそういうものじゃ」
当主は文を読み進める。
そして苦笑した。
「……夜昼交代で攻め続けたらしい」
「交代?」
「七割が昼」
「三割が夜」
「こちらは休みながら」
「相手だけ寝かせなかった」
「さらに外で飯を炊いた」
高久の顔が歪む。
「また飯か」
「また飯じゃ」
「城内の兵が腹を減らして逃げた」
「外へ出る」
「飯を食う」
「逃げてもよいと言われる」
「それで兵が減った」
「最後に総攻撃」
「落城」
沈黙。
しばらくして貴久が言った。
「……我らの戦い方が悪いのか?」
その言葉に家臣が苦笑する。
「違います」
「違いますぞ」
忠良も首を振る。
「あれがおかしい」
「あの四歳児がおかしい」
「普通、城攻めとは」
「兵糧を断つ」
「攻める」
「血を流す」
「そういうものじゃ」
「しかし八郎殿は」
「腹を減らした兵に飯を見せる」
「逃げ道を作る」
「戦う人数そのものを減らす」
「……嫌な攻め方じゃ」
貴久が頷く。
「敵にしたくありませんな」
「ああ」
「敵にしたくない」
さらに文は続く。
「阿蘇七万石ほど」
「さらに肥後国人衆三万五千石ほどが降った」
「合わせて十万五千石増加……」
「……」
誰も言葉が出ない。
ようやく一人が呟く。
「我ら」
「三千で三万五千石取って喜んで帰ってきましたな」
「言うな」
「いや、十分大戦果です」
「そうじゃ」
「普通なら大勝じゃ」
当主は苦笑する。
「隣に化け物がおるだけじゃ」
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しばらくして笑いが戻る。
「しかし」
「五郎殿とうちの姫が本当に結ばれれば面白いな」
「そう簡単にはいきませんぞ」
「分かっておる」
「だが」
当主は文を見る。
「八郎殿は、本当に縁を大事にしておる」
「戦でも」
「商いでも」
「婚姻でも」
「全部、人を動かす」
高久も頷いた。
「一度、阿蘇攻めの話は聞かねばなりませんな」
「ああ」
「四歳児から戦を習う日が来るとは思わなんだ」
皆が笑った。
自分たちも勝った。
十分すぎる勝利だった。
三万五千石。
大きな成果。
だが同じ頃――。
八郎は十万石を飲み込み、なお肉あんの鍋の心配をしていた。
その事実だけは。
島津本家の誰もが、しばらく理解できなかった。




