1534年2月4週目。帳面合わせ。庄屋衆から90万文の寄付を受ける。その銭と利益で湯あみ450万文のツケを消すwww
二月四週目。
阿蘇攻めから戻り、少し落ち着いた頃。
いつものように八郎領では帳面合わせが行われていた。
八郎は積まれた帳面を前に座る。
「では、細かい数字はいつも通り確認お願いします」
その言葉に、周りの者たちは苦笑する。
「八郎様、最近そればかりでございますな」
「いやいや」
八郎は笑う。
「皆さんがちゃんと見てくれているから任せられるんですよ」
そう言いながらも、自分でも重要な数字には目を通していく。
「……なるほど」
一枚の帳面で手が止まった。
「肥後の一部地域ですね」
担当者が頷く。
「はい」
「八郎商会の市を入れ、湯浴みを整え、仕事を増やしていた地域でございます」
「商家衆の借財整理が進みまして……」
少し間を置いて言う。
「今回、感謝として九十万文の寄進がございました」
周囲がざわついた。
「九十万文……」
「すごい額ですね」
しかし八郎は落ち着いていた。
「ありがたいですね」
「でも、それだけ庄屋衆も余裕が出てきたということです」
「昔なら絶対に出せなかった銭でしょうから」
庄屋衆の代表が頭を下げる。
「はい」
「以前は利息を払うだけで精いっぱいでした」
八郎は頷く。
「では」
周りを見る。
「その九十万文」
「それと今まで積み上げていた八郎商会の利益を合わせまして」
「湯あみのツケを消します」
帳面役が筆を止める。
「どれほどでございますか?」
八郎は普通の顔で答えた。
「百五十万文、三口分」
「合計四百五十万文ですね」
部屋が静まった。
「……四百五十万文?」
「はい」
「今回まとめて消します」
しばらく誰も話さなかった。
そして一人が口を開く。
「八郎様」
「はい?」
「普通、四百五十万文の借金を消すなど、城一つでも大事でございます」
「それを帳面合わせのついでみたいに……」
八郎は笑った。
「いやいや」
「まだまだですよ」
「湯あみのツケが消えただけです」
「阿蘇」
「肥後南部」
「島津分家」
「まだまだ借財はあります」
「順繰りです」
その言葉に周囲は呆れる。
「八郎様の順繰りは速すぎます」
八郎は続ける。
「でも、湯あみは大事なんです」
「湯に入れる」
「体が休まる」
「作る仕事ができる」
「薪も動く」
「人も動く」
「銭も動く」
「だから最初に整える価値があります」
皆が頷いた。
実際、冬場に仕事が少なかった農民たちは湯あみ作りや薪運びで銭を得ていた。
商人も物を運び利益を出す。
ただ湯を作っているだけではなかった。
一つの仕組みだった。
「それと」
八郎は別の帳面を開いた。
「交易ですね」
商人たちの表情が変わる。
「今、八郎商会としては週十五万文ほど利益が出ています」
「月なら六十万文ほどですね」
「十分すごい数字ですが……」
八郎は地図を見る。
「もう少し上げます」
「上げる?」
「はい」
「阿蘇が入りました」
「肥後南部も増えました」
「人が増えたなら」
「食べる人も増える」
「買う人も増える」
「なら運ぶ量も増やせます」
商人が尋ねる。
「どれほどまで?」
八郎は少し考える。
「急には無理です」
「でも、もう一段階規模を上げたいですね」
「海産物」
「山菜」
「陶器」
「布」
「甘味」
「酒」
「売れるものはまだまだあります」
「眠っている物を動かしましょう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家臣が苦笑する。
「また銭の話ですな」
「そうですか?」
「そうですよ」
「阿蘇を攻めて帰ってきたと思ったら」
「湯あみ」
「市」
「商売」
「帳面」
「普通は武勇を語るものです」
八郎は首を傾げる。
「戦の話もしてますよ?」
「飯を炊いた話でしょう」
誰かが言う。
部屋に笑いが起きた。
「いやいや」
八郎は胸を張る。
「あれも立派な戦です」
「敵の目の前で美味しい飯を炊く」
「腹を空かせた兵が出てくる」
「握り飯を渡す」
「帰りたい人は帰ってもらう」
「結果、戦う人数が減る」
「最高でしょう?」
島津の者が苦笑する。
「本当に嫌な戦です」
「嫌?」
八郎は笑う。
「褒め言葉ですね」
「褒めてません」
また笑いが起こる。
「でも」
八郎は少し真面目になる。
「土地を取った後が本番です」
「人が死にすぎたら困る」
「畑が焼けたら困る」
「商人が逃げたら困る」
「だからできるだけ壊さず取る」
そして帳面を見る。
「取った後は」
「市を入れる」
「湯あみを入れる」
「仕事を作る」
「借金を返す」
「それだけです」
周りの者は顔を見合わせた。
簡単そうに言う。
だが、その「それだけ」を実際にやった者はいなかった。
帳面役が呟く。
「阿蘇を落とした翌週に、肉あんの鍋と商売の話をしている領主など他にいませんな」
八郎は笑う。
「鍋、大事ですよ」
「肉あん売れますから」
また部屋が笑いに包まれる。
戦で領土を増やす。
商売で豊かにする。
借金を消して、人を安心させる。
八郎領は今日も、戦国らしくない方法で大きくなっていくのだった。




