1534年2月3週目。屋敷に帰り、五郎兄様を呼ぶ八郎。なぜ姫君を市へ誘わないかと説教しながら2人で市に行かせるおせっかいぶりwww
屋敷へ戻った八郎は、真っ先に母屋へ向かった。
「母上ー」
「はいはい、今度は何を思いついたんや?」
最近では母も、八郎が勢いよく入ってくると何か始まると分かっていた。
父も茶を飲みながら苦笑する。
「今度はどこの国を取る話や?」
「違いますよ」
八郎は胸を張る。
「今日はもっと大事な話です」
「ほう?」
「五郎兄さんはいますか?」
「ああ、いるぞ」
父が奥へ声をかける。
しばらくすると五郎が顔を出した。
「なんや八郎。阿蘇から帰ったと思ったら今度は俺か?」
「はい」
八郎は真剣な顔になる。
「五郎兄様」
「なんや」
「この前のご宴会、どうでした?」
五郎は少し考える。
「ああ、楽しかったぞ」
「本当に?」
「ああ」
「島津のお姫様とも話しましたよね?」
その瞬間、五郎の表情が少し変わる。
「あ、ああ……」
母の目が光る。
「ほう?」
父も笑う。
「そういう話か」
五郎は少し照れながら言う。
「まあ……市の話とかしたな」
「楽しかったですか?」
「楽しかったよ」
「……」
八郎はため息をついた。
「五郎兄様」
「なんや」
「楽しかった、で終わりですか?」
「は?」
「楽しかっただけで終わらせるつもりですか?」
五郎は困惑する。
「なんで俺が四歳児に責められなあかんねん」
「違います」
八郎は腕を組む。
「これは戦です」
「戦!?」
母が吹き出した。
「また始まった」
八郎は続ける。
「いいですか?」
「五郎兄様は市の話をした」
「お、おう」
「なら次は」
一拍置く。
「一緒に市へ行きましょう、でしょう」
「……」
「そこで終わったらだめです」
五郎は頭をかく。
「いや、そんな簡単に言うけどな」
「簡単じゃないからやるんです」
八郎は偉そうに言う。
「これは領主八郎からの命令です」
「お前、弟やろ」
「今は領主です」
「都合ええな!」
父が大笑いした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いいですか」
八郎は指折り説明する。
「五郎兄様はいろんな市を見て回っています」
「まあな」
「だったら案内できます」
「小物を見る」
「寺社市を見る」
「新しい品を見る」
「団子を食べる」
「話すことなんて山ほどあります」
五郎は黙る。
「それは……まあ」
「でしょう?」
八郎は勝ち誇る。
「なのに楽しかったで終わる」
「これは商売で言えば、お客様が欲しいと言っているのに売らないようなものです」
「例えがお前らしいな」
さらに八郎は不満そうに言う。
「そもそも」
「なんや」
「僕は阿蘇まで戦に行ってたんですよ」
「知っとるわ」
「一万の兵ですよ」
「知っとる」
「帰ってきたらですね」
八郎は期待するように手を広げる。
『五郎兄様と姫様、仲良くなりました』
『三郎兄様、縁談進みました』
「そういう楽しい報告があると思ってたんです」
「……」
「何も進んでない!」
五郎は呆れる。
「お前を楽しませるために縁談するんちゃうぞ」
「でも僕も楽しいです」
「正直やな!」
母も笑う。
「あんた、本当にお節介やわ」
しかし八郎は少し真面目になる。
「でも、本当に大事なんですよ」
「島津本家も」
「島津分家も」
「うちと縁を結びたいと思っています」
空気が少し変わった。
「千代姉様が一郎兄様と結ばれたことで、分家はすごく安心しています」
「でも」
「それだけでは足りないと思っている」
五郎も表情を改める。
「そんな話まで出とるんか」
「出てます」
八郎は頷く。
「実久様なんて、あと二、三人何とかならんかって僕に言うんですよ」
「なんで四歳のお前にそんな相談するんや」
「大人の事情です」
「お前が一番子供やろ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
五郎はため息をついた。
「まあ……そこまで言われたらな」
「行きます?」
「行く」
「今?」
「今!?」
「はい」
八郎は笑う。
「善は急げです」
五郎は諦めた顔で立ち上がる。
「着替えてくるわ」
「おめかししすぎなくていいですよ」
「分かっとる!」
しばらくして。
五郎と姫君は、市へ向かうことになった。
姫君は八郎の前にしゃがむ。
「八郎様」
「はい?」
そっと頭を撫でる。
「ありがとうございます」
八郎は一瞬きょとんとして。
すぐに満面の笑みになる。
「もっと撫でてもいいですよ」
「ふふ」
「戦で頑張りましたから」
「そうですね」
その様子を見て五郎が呆れる。
「結局そこは四歳児なんやな」
二人が出ていった後。
母が八郎を見る。
「ほんまにあんたは」
「はい?」
「お節介やなあ」
「いいことですよ」
八郎は笑う。
「人と人が仲良くなるのは楽しいですから」
父は静かに茶を飲む。
そして呟いた。
「国を取るより、人を繋ぐ方が好きなんやろうな」
母も頷く。
「そうやな」
阿蘇を落とした四歳児。
けれど帰ってきて一番気にしていたのは、兄と姫の縁だった。
その不思議さに、二人はただ笑うしかなかった。




