1534年2月。大友勢の退却を見て撤収を決める八郎軍。持ってきた100万文をばらまきながら帰宅。帰ったら寝ますwww
大友軍が引いた。
その知らせが入ったのは、阿蘇の城を落として数日後のことだった。
「大友勢、引き返しました」
報告を受けた瞬間、陣の中に安堵の空気が広がった。
島津実久も大きく息を吐く。
「……助かったな」
「ですね」
八郎は普通に茶を飲んでいた。
その様子を見て実久が苦笑する。
「お主、本当に怖がっておったのか?」
「怖かったですよ」
「そうは見えん」
「いやいや、大友五千が本当に来たら大変ですよ」
八郎は真面目に答える。
「こっちは勝った直後ですから」
「兵も疲れてますし」
「城の修繕もまだ」
「阿蘇の民も完全には馴染んでません」
「だから来られたら面倒でした」
「面倒、で済ますところがおかしいんじゃ」
実久は笑った。
「普通は恐怖する」
「まあ、でも」
八郎は笑う。
「来なかったなら、今考えても仕方ないです」
そして数日後。
撤収が決まった。
阿蘇の城には守備兵と文官、商人衆を残す。
証文整理。
市の準備。
湯浴み場作り。
工房作り。
それぞれ担当を置いた。
「じゃあ帰りますか」
「ようやくか」
実久も腰を上げる。
だが帰り道――。
実久はある異変に気づいた。
「八郎殿」
「はい?」
「何をしておる?」
「何って」
八郎は普通に答えた。
「銭を使ってます」
道中の村。
宿場。
市。
次々と八郎商会の者が買い物をしていく。
米。
野菜。
魚。
薪。
布。
何でも買う。
そして飯を作る。
兵にも食わせる。
村人にも食わせる。
「おい」
実久が呆れる。
「まさか……」
「はい?」
「持ってきた百万文」
「はい」
「残っておるのか?」
八郎は笑った。
「もうほぼないですね」
「は?」
「気持ちよく百万文使いました」
「どんな雑な銭のばらまき方じゃ!」
思わず実久が叫ぶ。
周囲の島津兵も笑った。
「いやいや」
八郎は手を振る。
「無駄遣いじゃないですよ」
「どう見ても使いすぎじゃ」
「でも見てください」
八郎が指差す。
沿道では民が頭を下げていた。
「八郎様!」
「また来てください!」
「飯、美味かったです!」
子供まで手を振っている。
「ほら」
「阿蘇七万石の人たち」
「結構歓迎ムードでしょう?」
実久はため息をつく。
「そりゃそうじゃ」
「百万文も撒いたら誰でも歓迎するわ」
「そうですかね」
「そうじゃ」
だが実久も理解していた。
ただの浪費ではない。
八郎は買ったのだ。
食料ではなく。
人の心を。
「でも」
八郎は急に真面目な顔になる。
「本番はこれからです」
「ほう」
「戦で取るのは簡単です」
「……」
「守る方が難しい」
実久は黙った。
「まず市を入れます」
「庄屋衆と農民の借金を減らします」
「仕事を作ります」
「湯浴みも大量に入れます」
「風呂か」
「はい」
八郎は頷く。
「体を洗えて」
「仕事があって」
「飯が食えて」
「借金が減る」
「そうなったら」
少し笑う。
「次に大友が来ても」
「簡単には落ちません」
実久はその横顔を見る。
四歳。
見た目は子供。
だが考えているのは国作りだった。
「恐ろしいのう」
「何がです?」
「普通は城壁を厚くする」
「兵を増やす」
「武器を集める」
「でもお主は」
「民の暮らしを厚くする」
八郎は少し考える。
「まあ」
「結局、人ですから」
「腹いっぱい食べてる人は強いですよ」
実久は笑った。
「本当に締まらんな」
「勝ち戦の帰りなのに」
「銭は使い切る」
「敵兵には飯を食わせる」
「城より風呂を心配する」
「変ですか?」
「変じゃ」
即答だった。
そんな話をしながら、一行は帰還した。
屋形では家族。
そして島津本家、分家の姫たちも待っていた。
「八郎様!」
「お帰りなさいませ」
迎えられた八郎は、大きく伸びをする。
「疲れました」
その一言に実久が突っ込む。
「お主、ほとんど戦っておらんじゃろ」
「いやいや」
「考えるのも疲れるんですよ」
「なら少しは槍でも振れ」
「体も鍛えよ」
「大将がそれでは困るぞ」
八郎は笑う。
「いやいや」
「まだ四歳児ですよ?」
「都合のいい時だけ四歳になるな」
周囲が吹き出す。
姫たちも笑う。
こうして阿蘇攻めは終わった。
兵を減らさず。
民を焼かず。
銭を使い切り。
そして七万石を得て。
八郎はいつものように――。
「とりあえず寝ます」
そう言って布団へ向かった。
最後まで締まらない凱旋だった。




