表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
316/652

1543年2月。阿蘇を制圧したのち、大友を警戒しながらも領地を把握し、順次よくしていきましょうと旧臣達に頭を下げる

阿蘇の館を押さえた翌日――。

勝利の空気はあった。

だが八郎は浮かれていなかった。

「まず、大友側ですね」

地図を広げる。

「ここから来る道筋には、少し嫌がらせをしておきましょう」

「嫌がらせ?」

島津実久が聞く。

「はい」

八郎は指を置いた。

「土嚢を積む」

「土嚢?」

「土を袋に入れて置くだけです」

周囲の武士は首を傾げる。

「それで止まるのか?」

「止まりません」

あっさり答える。

「止まらんのかい」

実久が笑う。

「止めるものじゃなくて、遅らせるものです」

八郎は説明する。

「道を狭くする」

「馬の動きを悪くする」

「荷車を通りにくくする」

「なるほど」

「あと石ですね」

「石?」

「はい。攻める側っていうのは移動するだけでも疲れるんです」

八郎は言う。

「少しずつ嫌なことを積み重ねるんです」

実久がため息をついた。

「本当に四歳児の考える戦ではないな」

「ありがとうございます」

「褒めてるような、怖がってるようなじゃ」

そう言いながら笑った。

そして八郎は兵を見る。

「すぐ帰りません」

「帰らない?」

「はい」

「大友がどう動くかわからない以上、しばらくここを固めます」

ただし。

「五百ほど先に帰します」

「報告か」

「はい」

八郎は頷く。

「道々で伝えてください」

内容は二つ。

一つ。

阿蘇を落としたこと。

もう一つ。

勧告を出した肥後国人衆の反応を見ること。

「ほぼ損害なく阿蘇を落とした」

「それを聞けば……」

実久が言う。

「肥後の国人衆も動くな」

「はい」

八郎も頷いた。

「戦う意味があるか考えるでしょう」

兵一万。

阿蘇攻略。

しかも短期。

そして占領後に略奪なし。

むしろ飯を配り、借金を調べている。

普通の大名とは違う。

「振りやすくなりますね」

「そうじゃな」

実久は頷く。

「これで肥後の流れは変わる」

だが問題は残る。

大友。

「本来なら」

八郎が言う。

「大友五千が来たところを、この城に兵を残して受けます」

「ほう」

「そして伏兵を置いて退路を断つ」

「……」

「削ります」

島津の武将たちは顔を見る。

「恐ろしいことをさらっと言うな」

「でも」

八郎は首を振った。

「多分来ません」

「なぜじゃ?」

「大友はそこまで馬鹿じゃありません」

阿蘇から逃げた者。

大友へ向かった者。

彼らが伝える。

一万の兵。

飯炊き。

寝かせない包囲。

そして兵を殺さず吸収するやり方。

「情報が入れば無理攻めしません」

「確かにな」

「なので、その間に準備します」

八郎は城を見る。

「まず工房です」

「工房?」

「はい」

「城の中で矢尻を作れるようにします」

さらに。

「米蔵」

「兵糧か」

「はい」

「数日で腹が減る城なんて意味ないですから」

実久は笑う。

「攻め落とした翌日に、もう守る話か」

「取った後の方が大事です」

八郎は当然のように言う。

「戦は一日でも、暮らしは毎日です」

その言葉に阿蘇の旧臣たちは黙った。

敵だった少年。

しかし言っていることは領主だった。

その後、兵の整理が始まった。

「大友が五千なら」

八郎は計算する。

「六千残れば十分でしょう」

「残りは?」

「帰します」

島津兵も半分ほど帰還することになった。

実久が苦笑する。

「勝ったのに宴もせず帰すのか」

「しますよ」

「するのか?」

「はい」

八郎は笑う。

「銭を使い切ってから帰ります」

「は?」

「百万文持ってきましたから」

また周囲が固まる。

「兵にも食べてもらいます」

「……」

「阿蘇の民にも使います」

「……」

「逃げた兵も戻ってきたら飯食べてもらいます」

実久は頭を抱えた。

「締まらんなあ」

「何がです?」

「普通は勝った大将が褒美をもらうんじゃ」

「僕の場合、使った方が戻ってきますから」

「商人じゃな」

「はい」

八郎は笑った。

そして阿蘇領の調査が始まった。

商人。

庄屋。

侍。

証文。

帳簿。

全部集める。

数日後――。

結果が出る。

「だいたい予想通りですね」

八郎は帳面を見る。

阿蘇家としての借財。

千五百万から二千万文。

武士。

庄屋衆。

こちらも似たような額。

周囲は青ざめる。

だが八郎だけは普通だった。

「まあ、こんなもんです」

「こんなもん……」

旧阿蘇家臣が呆れる。

「これだけあるのですよ?」

「はい」

八郎は頷く。

「戦続きならこうなります」

そして帳面を閉じた。

「じゃあ、いつも通りやりましょう」

「いつも通り?」

「市を入れます」

「……」

「湯浴みを作ります」

「……」

「仕事を作ります」

「……」

「借用証文は順番に消します」

阿蘇の者たちは言葉を失った。

「本当に……できるのですか?」

八郎は笑う。

「薩摩川内も最初は同じこと言ってましたよ」

そして外を見る。

そこでは兵も民も一緒に飯を食っていた。

「少しずつです」

八郎は言った。

「でも必ず暮らしは良くします」

「だから」

四歳の領主は頭を下げた。

「これからよろしくお願いします」

その姿を見て、旧阿蘇の家臣たちは理解した。

負けたのではない。

違う船に乗ったのだ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ