1543年2月。阿蘇包囲6日目。八郎は味噌汁をすすりながら城を取った後の話をのんびりするwww大友の使いを捕らえ援軍予定の前に決着をつける
阿蘇包囲六日目――。
八郎は陣の中央で、いつも通り飯を食べながら報告を聞いていた。
「八郎様、そろそろ攻め時では?」
島津分家の武将が聞く。
阿蘇の館から飛んでくる矢は明らかに減っていた。
初日は雨のように降っていた矢。
それが今では、こちらが近づいた時だけ散発的に飛ぶ程度になっている。
八郎は味噌汁を飲んで首を振った
「あと数日待ちましょう」
「まだですか」
「はい」
そして周囲に指示を出す。
「飯はじっくり炊いてください」
「飯ですか」
「はい。一番大事です」
周囲はもう慣れてきたが、それでも不思議な命令だった。
「攻める方は七割の力でいいです」
「七割?」
「はい」
八郎は館を見る。
「少しずつ門も叩いてみましょうか」
その言葉に武将たちの目が鋭くなる。
「では突破を?」
「違います」
また即答だった。
「無理はしないでください」
「……」
「まだ矢がありますから」
島津の侍たちは苦笑する。
「八郎様、普通は多少犠牲を出してでも押します」
「だから普通じゃない方法でやってるんでしょう?」
そう返されると誰も言い返せない。
実際、味方の損害はほぼない。
それなのに阿蘇側だけが確実に弱っていた。
八郎は続ける。
「ここを押さえられたら、大友が来ることを考えないといけませんね」
「もう取った後の話ですか」
実久が呆れる。
「もちろんです」
「まだ城の外じゃぞ」
「だから考えるんです」
八郎は指を折る。
「まず城内に工房を作りたいですね」
「工房?」
「はい。武具修理、矢作り、木工。その場で直せる場所です」
そして続ける。
「あとは貯蔵庫ですね」
「米か」
「そうです」
八郎は頷く。
「数日囲まれて腹が減るようじゃ話になりません」
その言葉に周りの武士たちが何とも言えない顔をする。
まさに今、それを阿蘇相手にやっている本人が言うのだ。
実久は笑った。
「攻めてる本人が、それを言うか」
「経験から学ぶのは大事です」
「お主、本当に四歳か?」
何度目か分からない言葉だった。
だが――。
「しかし……」
実久は館を見る。
「確かに矢は減ってきたな」
「でしょう」
「兵も疲れている」
「でしょうね」
「飯も少ない」
「でしょうね」
全部、八郎の狙い通りだった。
そして翌日の夜。
さらに異変が起きる。
見張りが走ってきた。
「八郎様!」
「どうしました?」
「また城から人が」
前回は数人。
しかし今回は違った。
二十人。
三十人。
小さな集団だった。
槍を置き、手を上げている。
「飯を……」
一人がそう言った。
八郎はため息をつく。
「かわいそうに」
そして命じる。
「食べてもらってください」
「捕虜にしますか?」
「しません」
「え?」
「逃げたいなら逃げていいですよ」
兵たちは驚いた。
「いいのですか?」
「家族いるでしょう」
その言葉で何人かが涙ぐむ。
「ただ、帰るならこれ持って行ってください」
出されたのは握り飯。
味噌。
干物。
まただった。
実久が額を押さえる。
「また城に飯を戻すのか」
「はい」
「普通逆じゃぞ」
「知ってます」
八郎は笑う。
「でも腹が減った人に飯を渡すだけです」
翌朝。
集計が届いた。
「昨日まで合わせると、逃げた兵は三百ほどです」
「三百ですか」
八郎は頷く。
「三千のうち一割ですね」
「一割も減った、と考えるべきじゃな」
実久が言う。
「はい」
八郎は館を見る。
「三百減ったということは」
「ことは?」
「三百人分、倒す必要がなくなったということです」
その場が静かになる。
敵兵を殺した数ではない。
逃がした数。
それを成果として見る。
実久は苦笑した。
「本当に老人の戦じゃな」
「老人?」
「若い武将は手柄を欲しがる」
「はい」
「敵を倒した数を誇る」
「はい」
「お主は敵が逃げた数を喜ぶ」
八郎は笑った。
「もっと褒めてくれていいですよ」
「褒めとらんわ」
そう言いながら、実久も笑っていた。
その時だった。
物見から知らせが入る。
「捕らえました!」
「何を?」
「阿蘇から大友へ向かった使者の返書です」
空気が変わる。
書状を確認する。
内容は簡潔だった。
――しばらく耐えよ。
――二週間後を目途に援軍を送る。
――兵五千。
読み終えた八郎は静かに置いた。
「なるほど」
実久が聞く。
「どう見る」
「予想通りですね」
八郎は答える。
「大友も全軍は出せない」
「五千」
「はい」
「だが挟まれれば面倒じゃぞ」
「だから」
八郎は笑う。
「二週間以内に終わらせましょう」
周囲の武将たちの顔が変わる。
「攻めますか」
「準備します」
八郎は立ち上がった。
「あと数日削ります」
「まだ削るのか」
「はい」
そして阿蘇の館を見る。
「最後に一気にいきます」
兵を休ませる。
飯を炊く。
敵を疲れさせる。
そして勝つ時だけ力を集中する。
八郎の戦は、最後の段階に入り始めていた。




