1534年2月。八郎軍の阿蘇侵攻。1万の兵で3000の阿蘇の城を囲む。昼7000,夜3000に分け断続的にゆるく攻めて寝かせない。飯をたくさん炊く。
阿蘇領――。
八郎軍一万が到着した。
ただし、その姿は普通の戦とは違っていた。
荷駄隊には大量の米、味噌、干物。
そして八郎自身も相良攻めの時と同じく、百万文近い銭を持ってきていた。
「またそんな大金を……」
島津分家の実久は呆れる。
八郎は笑った。
「戦は銭がかかりますからね」
「普通は武具や兵糧に使うものじゃがな」
「使ってますよ。米を買ってます」
そう言って平然としている。
行軍途中の村。
商家。
寺社。
八郎軍は奪わない。
買う。
「米ありますか」
「味噌ありますか」
「薪ありますか」
そして銭を払う。
戦が近づけば普通は村は逃げる。
だが八郎軍の場合は逆だった。
「八郎様の兵が来た」
「物を買ってくれるぞ」
そういう奇妙な噂すら広がっていた。
そして阿蘇の館を囲む。
兵力差は明確だった。
八郎側一万。
阿蘇側、およそ三千。
ただ、八郎はすぐ総攻撃を命じなかった。
「昼は七割」
「夜は三割」
そう告げる。
武将たちは首をかしげた。
「八郎様、それはどういう意味でしょう」
「昼間は七千で圧をかけます」
「はい」
「夜は三千」
「夜襲ですか?」
「違います」
八郎は首を振る。
「寝かせないだけです」
一同が黙る。
「門を無理に破る必要はありません」
「……は?」
「矢が飛んできたら避けてください。盾で受けてください。無理して登らないでください」
島津の侍たちは困惑した。
「攻めるのですか?」
「攻めますよ」
「しかし……」
「兵を減らす攻め方はしません」
八郎は館を見る。
「相手は三千。中には農民兵もいます」
そして淡々と言った。
「疲れます」
その言葉に実久が反応する。
「なるほどな」
「はい?」
周囲を見る。
実久は苦笑した。
「八郎殿は最初から城ではなく、人を攻めておる」
八郎は笑う。
「嫌な言い方しますね」
「事実じゃろ」
昼。
八郎軍七千が動く。
矢を射る。
近づく。
しかし深追いしない。
阿蘇兵が必死に応戦する。
「来るぞ!」
「撃て!」
矢が放たれる。
しかし八郎軍はすぐ下がる。
「何なんだ……」
阿蘇兵は困惑した。
攻めてくる。
でも突っ込まない。
休もうとすると、また近づく。
そして夜。
ようやく眠れると思った時――。
太鼓。
松明。
兵の声。
「敵襲!」
阿蘇兵が飛び起きる。
だが大規模攻撃ではない。
周囲を回る。
出口を見る。
逃げ道を塞ぐ。
火矢を警戒させる。
そして夜明け。
また昼の七千が来る。
三日目。
阿蘇側に疲労が見え始めた。
「弓の数、減りましたね」
家臣が報告する。
八郎は頷く。
「でしょうね」
「そろそろ攻めますか?」
「いいえ」
意外な答えだった。
「あと三日です」
「まだ待つのですか?」
「はい」
八郎は飯を食べながら答える。
「人間、一日二日寝不足でも戦えます」
そして味噌汁をすする。
「でも一週間近く続くと、判断がおかしくなります」
実久がじっと見る。
「……八郎殿」
「はい」
「本当に嫌なところばかり分かっておるな」
周りの島津兵も苦笑した。
「真正面からぶつかれば勝てる兵力差じゃぞ」
「でしょうね」
「なのにやらん」
「必要ないからです」
八郎は即答した。
「兵には家族がいます」
「……」
「勝った後、その兵も使いたいんです」
その言葉に実久は黙った。
ただ敵を倒すのではない。
飲み込む。
そのための戦だった。
「それに」
八郎は笑った。
「本当に攻める時は島津の皆さんにお願いします」
「そこは任せるんかい」
実久が吹き出した。
「もちろんです。僕、刀振れませんから」
「締まらんなあ」
「よく言われます」
陣に笑いが起こる。
だが阿蘇側は笑えなかった。
五日目の夜。
ついに変化が起きる。
見張りの兵が走ってきた。
「八郎様」
「どうしました?」
「城から人影が」
捕まえると数人の農民兵だった。
槍を置いている。
震えながら言った。
「殺さないでくれ」
八郎は首を傾げる。
「殺しませんよ」
そしていつもの言葉を言った。
「お腹空いてます?」
兵たちは黙った。
答えなくても分かった。
すぐ握り飯。
味噌汁。
温かい茶。
一人が泣きながら食べ始めた。
「……何日もまともに寝てない」
「飯も少ない」
「大友様が来るまで耐えろと言われた」
八郎は頷く。
「そうですか」
そして聞いた。
「戻りますか?」
兵たちは驚く。
「戻っていいんですか?」
「いいですよ」
また周囲が苦笑する。
相良の時と同じだった。
「ただ」
八郎は笑った。
「持って帰るなら握り飯、多めに持って行ってください」
実久が額を押さえた。
「またやるのか……」
「はい」
「本当に嫌な攻め方じゃ」
「褒め言葉として受け取ります」
そして翌朝。
阿蘇の館の中には、八郎軍の握り飯の匂いが漂うことになる。
戦はまだ終わっていない。
だが、阿蘇の心は少しずつ崩れ始めていた。




