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1534年1月4週目。八郎軍が先発隊は飯を炊き、後発と合流。1万の兵で攻める。対する阿蘇は3000。大友に援軍を要請する。

一月四週目――。

評定の最後、八郎はいつものように帳面方、商人衆、職人衆を見渡した。

「最後に一つだけ。市は普段通り動かしておいてください」

その言葉に、一同が顔を上げる。

「え? 戦の間もですか?」

「当たり前でしょう」

八郎は当然という顔で笑った。

「戦をするから商いを止める、という考え方がそもそも違います。むしろこういう時ほど、

 民の暮らしを止めたら駄目です」

そう言って帳面を指で叩く。

「市、湯浴み、高級湯浴み、職人への仕事回し、庄屋衆の借用証文消し。この辺は今まで通り

 順繰り進めてください」

「ですが八郎様が不在になりますが……」

「戻ったら丸ごと全部確認します」

その一言で帳面方が苦笑する。

「だから僕がいないからって、さぼらないでくださいね」

「誰もそんなことしません!」

一同から笑いが起こった。

だが、その笑いの中にも緊張はあった。

今回動く相手は阿蘇。

過去二度、敵として向き合った相手である。

八郎は続ける。

「今回は相良の時とは少し違います。阿蘇の向こうには大友がいます」

その名前で場が静かになる。

「だから長引かせません。農作業が始まる四月までには必ず終わらせます」

そして軍の準備は驚くほど早く始まった。

先発隊五千。

その内訳は、

武士、兵四千。

そして飯炊き、補給、商会関係者千。

「また飯炊き隊ですか」

そう言われて八郎は笑う。

「当然です。腹が減った兵ほど弱いものはありませんから」

島津分家も動いた。

実久からの命で、まず千の兵を先行させる。

残り千は準備が整い次第、後を追う形となった。

「八郎殿の戦は変わっておるが……」

実久は苦笑する。

「一兵も失わず相良から三万五千石を取った戦法じゃ。笑えぬわ」

そして八郎軍は順次、阿蘇領境へ向かった。

ただし、すぐ攻めない。

陣を張る。

火を起こす。

米を炊く。

味噌汁を作る。

肉を焼く。

いつもの光景だった。

周辺の村人が恐る恐る見に来る。

「戦じゃないのか?」

「戦ですよ」

兵が笑って答える。

「でも八郎様は畑を焼くな、家を壊すなと言われています」

そして余った飯を配る。

「食べてください」

その噂は一気に広がった。

同時に八郎は肥後の国人衆へ書状を送っていた。

ただし全員ではない。

北の大友寄り、龍造寺や少弐に近い勢力には送らない。

まずは肥後中央から南側。

八郎領に接する国人たちである。

内容は単純だった。

――阿蘇との戦になります。

――もし八郎領に入る意思があるなら早めに申し出てください。

――帳面はすべて確認します。

――借財も隠さず出してください。

――領民、家臣は守ります。

――ただし領主として責任を取る部分はあります。

それを読んだ国人衆は黙り込んだ。

「……相変わらず恐ろしい書状じゃな」

ある国人が呟く。

「脅しではない」

「だから怖い」

別の者が答える。

普通なら、

従え。

逆らえば滅ぼす。

そう書く。

しかし八郎は違う。

飯を出す。

借金を見る。

家臣を守る。

その代わり、すべて見せろと言う。

「これ、戦で負けるより先に民が傾くぞ」

その言葉に誰も反論できなかった。

一方、阿蘇。

八郎軍接近の知らせが届く。

「ついに動いたか……」

阿蘇家中は重い空気に包まれていた。

「兵は?」

「急ぎ集めております。ただ……」

「ただ?」

家臣が言いにくそうに答える。

「前回の件があります」

相良と共に攻め、敗れた戦。

捕虜。

武具没収。

賠償金。

そして何より、八郎領の豊かさを見た兵たち。

「あちらは今回も飯を炊いております」

その報告にため息が漏れる。

「またか」

「はい」

「本当に嫌な攻め方をする」

阿蘇当主は苦笑した。

城を焼くわけではない。

村を襲うわけでもない。

ただ豊かさを見せつける。

「剣ではなく腹を攻めてくるか」

集まった兵は三千ほど。

しかし士気は高くない。

なぜなら兵の多くは農民だからだ。

彼らの耳にも届いている。

八郎領では借金が減った。

冬でも仕事がある。

湯浴みに入れる。

飯が食える。

「……このまま五千が居座るだけでも厄介じゃ」

しかも報告では後続が来る。

さらに五千。

合計一万。

阿蘇単独で押し返せる数ではない。

「大友へ使者を出せ」

ついに決断する。

「援軍を求める」

家臣が頷く。

「しかし間に合いますか」

誰も答えなかった。

豊後まで知らせが届く。

大友が評定する。

兵を集める。

肥後へ向かう。

その間、八郎はただ待っているわけではない。

飯を炊く。

噂を流す。

国人を切り崩す。

「時間が敵になるとはな……」

阿蘇当主は苦笑した。

普通、籠城は時間を味方にする。

しかし今回だけは違った。

長引けば長引くほど――。

八郎の飯の匂いが、肥後に広がっていくのであった。

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