1534年1月4週目。島津分家の借財の話の後、阿蘇を攻める相談をする。南肥後の国人衆と阿蘇をどの順番で攻略するか
一月四週目。
島津分家の借財の話が一段落したところで、八郎は少し考え込むようにして口を開いた。
「実はですね」
「島津のお父様に、お願いしたいことがもう一つあります」
実久は顔を上げる。
「なんじゃ?」
「銭か?」
八郎は笑った。
「いえ。銭なら今は何とか回しています」
「欲しいのは島津の武です」
その言葉で実久の表情が変わった。
「……戦か」
「はい」
八郎は頷く。
「今、一月の四週目です」
「四月になれば田植えがあります」
「農民を兵として動かすには、二月、三月しかありません」
「そこまでに肥後をもう少し固めたいと思っています」
実久は腕を組む。
「肥後か」
「相良の次となれば……」
「阿蘇です」
部屋の空気が少し重くなる。
「やはりそこか」
「はい」
八郎は続けた。
「阿蘇は二度こちらと敵対しています」
「一度目は戦」
「二度目は相良との連携」
「このまま放置すると、背中に刃物を置いたままになります」
「それは嫌です」
実久は頷く。
「分かる」
「ただ問題もあるな」
「はい」
八郎は指を二本立てる。
「邪魔なものが二つあります」
「一つは肥後の国人衆」
「もう一つは阿蘇の向こう側にいる大友です」
「そこだな」
実久も険しい顔になる。
「阿蘇を飲めば、大友との距離が一気に近くなる」
「はい」
「正直、それが嫌なんです」
八郎はため息をついた。
「肥後を取ること自体はできます」
「でも、取った瞬間に大友と接する」
「そうすると次の戦を考えないといけなくなる」
「領地は広げればいいものではないですから」
実久は苦笑する。
「四歳児の言葉ではないな」
「普通は領土が増えたら喜ぶ」
「でも八郎殿は、その後の面倒を見ることを考えている」
八郎も笑った。
「だって取った後の方が大変ですから」
「借金の帳面」
「市」
「湯浴み」
「農具」
「商売」
「全部入れないといけません」
「城を取って終わりなら楽なんですけどね」
一郎も横で笑う。
「八郎の場合、攻め落とした瞬間から仕事増えるからな」
「そうなんですよ」
八郎は頷いた。
「だから考えたんです」
「まず肥後の国人衆に勧告を出す」
「うちに入れば、領地は保証する」
「家臣団も使う」
「ただし帳面は全部出してください」
「そういう形で取り込む」
実久は頷く。
「相良と同じやり方か」
「はい」
「それを横目で阿蘇に見せる」
「肥後南部がどんどん八郎領になる」
「借金が消える」
「飯が増える」
「湯に入れる」
「そうなれば阿蘇の中も揺れます」
「……恐ろしい攻め方だな」
実久が呆れる。
「刀より飯か」
「はい」
「ただ」
八郎は少し難しい顔になる。
「時間がないんです」
「四月までに終わらせたい」
「だから国人衆を一つ一つ説得している時間があるか」
「そこなんです」
実久は考え込む。
「つまり選択肢は二つか」
指を折る。
「一つ」
「先に国人衆を落とす」
「肥後南部を固める」
「それから阿蘇」
「安全だが時間がかかる」
「はい」
八郎が頷く。
「もう一つ」
実久が続ける。
「阿蘇を先に叩く」
「阿蘇が折れれば周辺国人衆は勝手に降る」
「早い」
「だが大友との境ができる」
「その通りです」
八郎は笑った。
「さすがです」
「いや、お前の考え方に慣れてきただけだ」
実久は苦笑する。
「しかし阿蘇はどう攻めるつもりだ?」
「相良方式です」
「また飯か」
「はい」
即答だった。
「まず領境で炊き出します」
「借金を聞きます」
「八郎領ではどう変わったか伝えます」
「その上で兵を出します」
「こちら本隊」
「島津分家の兵」
「合わせて圧力をかけます」
実久は目を細める。
「兵はどれくらい見る」
「こちらから数千」
「島津分家から二千ほどお願いできれば」
「二千か」
実久は考える。
「出せん数ではない」
「むしろ今なら出したい者もいるだろう」
八郎は頷く。
「そこなんです」
「戦費として払います」
「働いた侍さんに銭が入る」
「借金返済にも回せる」
「島津分家の力も示せる」
「全部繋げたいんです」
実久は笑った。
「戦まで商売にするか」
「違いますよ」
八郎も笑う。
「戦を減らすために銭を回すんです」
「でも阿蘇は完全に滅ぼすか迷っています」
「半分割譲」
「半年停戦」
「相良と同じでもいい」
「でも」
「もし阿蘇が大友を呼ぶなら、話が変わります」
その一言で空気が変わる。
実久が頷いた。
「そこだな」
「阿蘇単独なら八郎殿の戦になる」
「しかし大友が絡めば普通の戦になる」
「はい」
「飯だけでは止まらない相手です」
八郎は静かに言った。
「だから迷っています」
「早く食べるか」
「周りから崩すか」
実久はしばらく黙った後、言った。
「わしなら」
「まず勧告を出す」
「ただし待つ期間は短い」
「二週間だ」
「二週間?」
「ああ」
「降る者は救う」
「迷う者は置いていく」
「その間に阿蘇周辺で飯を炊け」
「噂を流せ」
「阿蘇が焦って動けば、それを理由に兵を出す」
八郎は目を細めた。
「なるほど」
「先に攻めるんじゃなくて、相手に動かせる」
「そうだ」
実久は笑う。
「八郎殿の戦は、刀を抜く前に勝つ戦だろう」
「なら最後までそうすればいい」
「島津の武は必要な時に前に置け」
「それが我らの役目だ」
八郎は頭を下げる。
「ありがとうございます」
「島津のお父様」
実久は笑った。
「しかしな」
「はい?」
「本当に千代が嫁いでよかった」
「そうでなければ」
「今ごろ、わしらがその飯攻めを食らっていたかもしれん」
一郎が吹き出した。
「確かに」
千代も苦笑する。
「父上、それは否定できません」
八郎だけが首を傾げる。
「いやいや、そんなことしませんよ」
三人が同時に言った。
「絶対する」
部屋に笑いが広がった。




