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1534年1月4週目。帳面合わせの日。淡々と話しているように見えてさらっと湯あみのツケ150万文を消す。皆さん色々考えてください(笑)

一月四週目の帳面合わせの日。

いつものように八郎の館には兄弟、商家衆、庄屋衆、職人頭、武士たちが集まっていた。

帳面役が分厚い紙束を広げる。

「では今週分でございますが……大きく変わったところはございません」

その言葉に何人かが苦笑する。

「最近、その『変わらない』の基準がおかしくなっておりますな」

「確かに」

以前なら数万文動くだけで大騒ぎだった。

しかし今では、市の売上、交易、借金返済、湯浴み建設、領地編入……数字の桁が

変わってしまっている。

八郎は帳面をぱらぱら眺めながら頷いた。

「うん。順調ですね」

「で、今週ですけど」

皆が身構える。

八郎の「今週ですけど」は大体何か起こる。

「湯浴み百五十万文分のツケ、全部消します」

一瞬静かになる。

「……はい?」

「だから、湯浴み作った時の木材代、大工さん代、石屋さん代、職人さんへの未払い分ですね。

 全部払います」

「またですか」

誰かが思わず漏らした。

「八郎様、先週も大きな支払いをされたばかりでは」

「そうですよ。でも払えるものは払わないと」

八郎は当然のように答える。

「商人さんも困りますし、職人さんも困ります」

「銭が回らないと仕事が止まりますから」

商家衆は顔を見合わせた。

「しかし百五十万文でございますぞ」

「はい」

「普通は城ひとつ悩む額でございます」

「でも湯浴みいっぱいできたでしょう?」

八郎は笑う。

「冬場に仕事ができて、職人さんが稼げて、民が温まれる」

「いい使い方じゃないですか」

その言葉に庄屋衆が深く頭を下げる。

「実際、村では喜ばれております」

「寒い時期に仕事があるだけでもありがたいのに、湯に入れるなど夢みたいだと」

八郎は満足そうに頷く。

「ならよかったです」

「それで次ですね」

また全員が身構える。

「もう湯浴み作り終わったところありますよね?」

「ございますな」

「そこの職人さん、手が空きますよね?」

「まあ……」

「じゃあ他の領地の湯浴み作りに行ってもらいましょう」

「は?」

「寒いんですよ?」

八郎は真顔だった。

「寒い時期だからこそ仕事が必要なんです」

「それに、他の領地の人も湯に入りたいでしょう」

「八郎領だけ気持ちいい思いしてても仕方ないです」

周囲は呆れ半分、感心半分で聞いていた。

「本当に土地を増やすより、人の暮らしを先に増やしますな」

「土地だけ増えても仕方ないですから」

八郎は笑った。

「ところで、他に困ってることありません?」

突然話題が変わる。

「困ってること……でございますか?」

「はい」

「僕としては、肉あんを焼く薄い鍋が欲しいんですよね」

全員が沈黙した。

「……今、百五十万文の話をしていましたよね?」

「してましたね」

「その直後に鍋ですか」

「大事ですよ」

八郎は真剣だった。

「肉あん売れますよ」

「三郎兄さんも言ってましたけど、鉄板が問題なんです」

「薄くて広い鍋が作れれば、店を増やせる」

三郎が頷く。

「あれは売れる」

「親子丼ほど簡単ではないが、できれば強い」

「でしょう?」

八郎は嬉しそうにする。

「売上が増える」

「仕事が増える」

「借金返済が早くなる」

「全部繋がってるんです」

母はため息をついた。

「あんたは本当に頭の中が忙しいねえ」

「まだありますよ」

「まだあるの?」

「はい」

周囲から笑いが起きる。

「今は農閑期ですよね」

「だからこそ考える時期です」

「農具です」

八郎が言うと職人たちが顔を上げた。

「脱穀を楽にする道具」

「草刈りを楽にする道具」

「水車の力を使う仕組み」

「そういうのを作りたいんです」

職人頭が腕を組む。

「しかし、新しいものを考えるというのは難しいですぞ」

「だからみんなで考えるんですよ」

八郎は即答した。

「僕一人で考える必要ないです」

「むしろ、それじゃ遅いです」

そして周囲を見る。

「良い案を出した人には褒美出しましょう」

「褒美?」

「はい」

「農作業が半分楽になる道具を作ったら、領地全部が助かるんですよ?」

「それなら報奨金出して当然です」

職人たちの目の色が少し変わる。

「作るだけではなく、考えることにも銭が出る……」

「そうです」

「考えることは仕事です」

その言葉に一同が静まった。

戦国の世では、職人は命じられた物を作る者だった。

しかし八郎は違う。

考えた者を評価すると言った。

「俺も……何か考えてみるかな」

若い職人がぽつりと言った。

八郎は笑顔になる。

「それです」

「その気持ちが欲しいんです」

「十人考えたら一つくらい良いものができます」

「百人考えたらもっとできます」

兄たちは顔を見合わせる。

「四歳児が人を動かす仕組みまで考えとる……」

「怖いな」

「怖くないですよ」

八郎は笑う。

「僕は楽したいだけです」

「みんなが考えてくれたら僕が昼寝できますから」

その言葉で部屋中が笑いに包まれた。

だが、誰もが理解していた。

湯浴みを作る。

借金を消す。

料理を増やす。

道具を作る。

全部別々に見えて、全部繋がっている。

八郎の戦は、刀ではなく暮らしそのものを変える戦だった。

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