1534年1月。正月。自分たちの屋敷に島津の姫達を連れてくる。新しい料理を考える。三郎兄さんの料理教室。
正月の挨拶回りを終え、八郎は島津本家の姫たちを連れて自分の屋形へ戻ってきた。
普段、父と母が暮らす家である。
「ただいま戻りました」
「おう、八郎。今日は長かったな」
父が茶を飲みながら笑う。
母も安心した顔で迎えた。
「疲れてない? 少し休みなさいよ」
「大丈夫です」
八郎はにこにこ笑った。
そして後ろに控えている姫たちを見る。
「お母様、お父様」
「はい?」
「私たちの嫁候補を連れてきました」
その瞬間。
「ぶっ!」
母が茶を吹いた。
同時に父もむせる。
「げほっ……八郎!」
「お前、今なんて言うた?」
「嫁候補です」
「なんでそんな普通に言うねん!」
父が頭を抱える。
母も呆れ顔だった。
「あなたまだ四歳でしょう」
「いやいや」
八郎は真面目に説明する。
「島津のお殿様方と話してたらですね」
「どうにか縁を作れないかと言われまして」
「だから交流することになりました」
「いきなり嫁とは言ってません」
「言ったやん今」
父が即座につっこむ。
姫たちは口元を押さえて笑っている。
「他のお兄様方います?」
「一郎たちか?」
「さっきまで一郎の館に集まってたみたいやけど、そろそろ戻るんちゃうか」
「なるほど」
八郎は頷く。
「一郎兄様のところにも案内します」
「千代姉様もいますし」
「島津本家と分家が仲良くなる場所にもなります」
「それと三郎兄様の料理教室ですね」
「料理教室?」
姫の一人が首を傾げる。
「はい」
「一緒に料理すると仲良くなれますから」
「あと、もし馬に乗れる方」
「弓が得意な方」
「猪狩りとか興味ある方」
「千代姉様と仲良くしてください」
「それだけでも接触機会増えます」
一人の姫が少し手を上げる。
「あの……私、馬には乗ってみたいです」
八郎の顔が明るくなる。
「いいですね!」
「そういう前向きな気持ち大事です」
「馬に乗れると移動も楽しいですし」
「鳥獣退治ならお小遣い稼ぎにもなります」
「……姫相手に何の話してるん?」
母が呆れる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこへ三郎が戻ってきた。
「ただいま」
「あ、三郎兄さん」
「なんや?」
「嫁候補連れてきました」
「……は?」
三郎が固まる。
「どういうことや」
「島津本家のお姫様方です」
「僕、大人なのでいっぱい遊んでくださいって言ったら、いっぱい来てくれました」
「説明になってへんぞ」
兄弟たちも笑う。
八郎は姫たちへ三郎を紹介した。
「こちら三郎兄さんです」
「料理担当です」
「料理好きな方います?」
数人が反応する。
「興味あります」
「ならちょうどいいです」
八郎が手を叩く。
「今、親鳥を美味しく食べる方法を考えてるんですよ」
三郎が眉を上げる。
「親鳥?」
「はい」
「硬いから味噌で煮込んで柔らかくするところまでは考えました」
「でもその先です」
「また何か考えたんか」
「考えました」
八郎は胸を張る。
「まず」
「煮た鳥を細かくします」
「そこに醤油、酒、砂糖を合わせます」
「最後に卵で閉じます」
「それを白いご飯の上に乗せます」
「名前は――」
「親子丼です」
周囲が静かになる。
「親の鳥」
「子供の卵」
「だから親子丼」
三郎が目を丸くした。
「……それ絶対うまいやつやろ」
「なんでもっと早く言わんかった」
「忙しすぎて忘れてました」
「忘れる内容ちゃうやろ!」
「もう一つあります」
「まだあるんか」
「はい」
「煮た鳥」
「野菜」
「細かく刻みます」
「それを小麦粉を練って薄く伸ばした皮で包む」
「焼く」
「肉包み……みたいなものですね」
「野菜もいっぱい入るから栄養にもいいです」
「酒にも合うと思います」
三郎の目が職人の顔になる。
「……面白いな」
「味噌味」
「醤油味」
「色々試せる」
「そうなんです」
八郎は姫たちを見る。
「この味調整をお願いしたいんですよ」
「三郎兄さんと」
「お母様と」
「一緒に」
「お母様と仲良くなるのは大事ですよ」
「口添えしてくれるかもしれません」
その瞬間、姫たちが一斉に母を見る。
「よろしくお願いします」
母は慌てる。
「ちょっと八郎」
「なんで私に振るの」
「大事ですから」
「母上が認めた人なら兄様方も安心します」
「そういう問題じゃありません」
一人の姫が前に出る。
「私、それやってみたいです」
「料理なら覚えたいです」
八郎が笑う。
「ぜひ」
「三郎兄さんの胃袋を掴めますよ」
三郎が慌てる。
「八郎!」
「なんで俺を巻き込む!」
「いやいや」
「料理好き同士なら話合うでしょう」
「あと分家の姫様方にも声かけてください」
「本家、分家、一緒に料理」
「仲良くなる」
「最高です」
父が笑う。
「お前、料理教室まで外交に使うんか」
「もちろんです」
八郎は当然のように答える。
「一緒に作る」
「一緒に食べる」
「仲良くなる」
「手でもつないだらもっと仲良くなります」
「八郎」
母が肩を叩く。
「はい?」
「あんまり兄さんたちを混ぜすぎないの」
「みんな心の準備があるんだから」
「そうですか?」
「そうです」
母はため息をつく。
だが、姫たちは笑っていた。
三郎も、困った顔をしながら新しい料理のことを考え始めている。
父はそれを見て小さく笑った。
「ほんま不思議なやつやな」
「戦も」
「商いも」
「縁談も」
「飯から始めるんやから」
八郎は笑顔で答える。
「だって」
「美味しいもの食べて怒る人、少ないでしょう?」
その言葉に、屋形中が笑いに包まれた。




