表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
295/689

1534年1月。正月の挨拶まわり。島津忠良、貴久と相良戦の状況説明と借金の話。縁談の話をする。

一郎と千代姫の館での正月の挨拶も終わり、八郎が立ち上がろうとした時だった。

「あ、そうそう」

八郎が振り返る。

「言い忘れてました」

「なんや?」

一郎が聞く。

「薩摩分家の庄屋衆の借金なんですけど」

その言葉に千代の父実久が反応する。

「おお……あれか」

「調べたら一千万文ほどありました」

「……やはりか」

重い空気になる。

しかし八郎は普通の顔で続けた。

「今日現在、五百三十万文まで減ってます」

「……は?」

 実久が固まる。

「今、なんと言った?」

「五百三十万文です」

「いやいやいや」

「待て待て」

「一千万文あったのだろう?」

「はい」

「なぜ半分近く消えている」

八郎は首を傾げる。

「いや、普通ですよ?」

「普通ではない」

一郎が笑う。

「八郎の普通は信用したらあかん」

八郎は説明する。

「市を全力で回してます」

「一回の原価が九十五万文ぐらい」

「多少調整しても九十万文ほど借金消しに回ります」

「毎週です」

「毎週!?」

「はい」

「農民から品を買う」

「その代金と証文を合わせる」

「商家衆にも物が流れる」

「寺社市も許可いただいたので、そちらの売掛や利益も出ています」

「なので」

「あと二ヶ月ほどで庄屋衆の借金は消えます」

部屋が静かになる。

千代の父が口を開く。

「……二ヶ月?」

「はい」

「何代も苦しんだものが?」

「はい」

「二ヶ月?」

「そうですね」

「……」

そして八郎は軽く頭を下げる。

「では、そういうことで」

「待て待て待て!」

「もう少し聞かせろ!」

八郎は笑った。

「いや、まずは借金把握です」

「数字が分からないと動けません」

「あと」

「島津本家もさっき聞いてましたから」

「多分、似たような相談になります」

「行ってきます」

そう言って出ていく。

残された者たちはしばらく黙った。

そして分家当主が一郎を見る。

「……とんでもない弟だな」

一郎は笑った。

「はい」

「とんでもない弟なんです」

千代も微笑む。

「でも優しい弟です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後。

八郎は島津本家の屋敷へ向かった。

待っていたのは島津本家の面々。

高久、そして忠良(日新斎)。

「来たか八郎殿」

「明けましておめでとうございます」

「おめでとう」

挨拶の後、すぐに話題は相良戦になった。

忠良が笑う。

「しかし聞いたぞ」

「一兵も失わず領地三万五千石」

「そんな戦、聞いたことがない」

八郎は笑う。

「野次馬根性じゃないですか」

「否定はせん」

周りが笑う。

「話だけでは分からん」

「本人から聞きたかった」

八郎は頷く。

「まあ、想像通りですよ」

「相良と阿蘇が前に攻めてきました」

「その時、賠償金を取りました」

「捕虜の武具も全部引き取りました」

「つまり」

「向こうは金もない」

「武具も足りない」

「増税寸前」

「民の不満も高い」

忠良が頷く。

「そこを突いたか」

「はい」

「まず領境で飯を炊きました」

「銭も渡しました」

「噂を流しました」

『八郎領は飯がある』

『借金が消える』

『町も畑も焼かない』

「そう広げました」

「つまり兵集めを邪魔したわけか」

「そうです」

「その後、城前まで行きました」

「でも攻めません」

「飯を炊きます」

貴久が苦笑する。

「城攻めではなく飯炊きか」

「はい」

「匂いを届けました」

「腹が減った兵が出てきます」

「食べさせます」

「話を聞きます」

「握り飯を持たせて城へ戻します」

「戻したのか」

「はい」

「戻すから意味があります」

忠良は目を細めた。

「なるほど」

「城の中に毒を入れたのだな」

八郎は笑った。

「飯の毒です」

「待遇の差を見せました」

「そこに七千五百の兵」

「そして正面には島津兵」

「戦う気力がなくなります」

「結果、講和です」

貴久はため息をついた。

「恐ろしい戦だな」

「刀より先に心を折っている」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今は?」

「相良の新領地に湯浴みを大量投入しています」

「市も回しています」

「生活を良くします」

「残った相良領三万五千石がそれを見る」

「耐えられませんよ」

「二十二万五千石の八郎領と比べられるんですから」

「だから」

「できれば兵を動かさず取りたいです」

「家臣団ごと欲しいので」

「ただ」

「借金も丸ごと来ますけどね」

そこで貴久が苦笑した。

「その話だ」

「国人衆の借金の話を聞いて、我らも少し冷えたぞ」

八郎は静かに答える。

「ありますよ」

「島津も」

空気が変わる。

「でも」

「私は島津を評価しています」

「武勇」

「名前」

「教育」

「最後まで引かない誇り」

「数字に出ないものです」

「だから五十万文渡しました」

忠良が少し笑う。

「金では買えぬもの、か」

「はい」

「ただ」

八郎は続ける。

「勝ちすぎも問題です」

「ほう?」

「土地を取るということは」

「民を見るということです」

「借金も見る」

「暮らしも見る」

「ただ広げるだけなら苦労が増えます」

「だから」

「少しずつ整えるか」

「一気に取って、一気に作り替えるか」

「どちらかです」

忠良は笑った。

「四歳児の言葉ではないな」

そこで高久が少し身を乗り出す。

「ところで」

「はい?」

「兄君たちの婚姻」

「そして八郎殿自身の婚姻」

「なんとかならんか?」

八郎が苦笑する。

「そこですか」

「大事だ」

「こちらも姫は選んできている」

「機会だけでも作ってほしい」

そこに控えていた姫たちが笑う。

「でも八郎様のお好みは難しそうですね」

「まだ四歳ですもの」

八郎は胸を張った。

「失礼ですね」

「僕は大人の女性、結構好きですよ」

一瞬、場が止まり――。

姫たちが笑い出す。

「まあ」

「そうなのですか?」

「はい」

「魅力的な女性を見る目はあるかもしれません」

一人の姫が面白そうに言う。

「では今度、遊んで差し上げます」

八郎は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

その姿にまた笑いが起きる。

高久も忠良も笑いながら思う。

(恐ろしいほど先を見る)

(だが中身はまだ子供でもある)

だからこそ――。

この八郎という存在に、人が集まるのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ