1534年1月。一郎兄さんの家に遊びに行く八郎。生活は順調やが薩摩分家からの要望が多いぞと。分家当主実久は借金問題に頭を抱える。
一月の正月。
慌ただしい挨拶回りが少し落ち着いた頃、八郎一家は一郎と千代姫の館を訪れていた。
「明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」
いつもの家族の挨拶。
しかし、今までと違うのは――千代姫がいることだった。
八郎は団子を食べながら笑う。
「一郎兄さん、どうですか?」
「何がや」
「いやいや、千代姉さんと暮らしてみてですよ」
一郎は少し照れる。
「まあ……楽しいぞ」
それを聞いて兄弟たちが笑う。
「一郎兄さんが照れてる」
「珍しいな」
千代姫も頬を赤くしながら微笑んだ。
「私も楽しく過ごしております」
「ただ……」
一郎が苦笑する。
「薩摩分家からの要望がものすごい」
「新年の挨拶も山ほど来たしな」
「芋の話」
「農具の話」
「市の話」
「湯浴みの話」
「全部こっちに来るぞ」
八郎は手を合わせる。
「ありがとうございます」
「そこを一郎兄さんと千代姉さんが受けてくれるのは本当に助かります」
千代姫は首を振った。
「こちらこそです」
「父も家臣たちも言っています」
「他の国人衆と比べても、薩摩分家はかなり良い扱いをしていただいていると」
八郎は頷いた。
「まあ……そうですね」
「正直、特別扱いはしています」
周囲が見る。
「同じぐらいになる可能性があるのは、大友、大内ぐらいじゃないですかね」
「大きく出ますね」
千代姫が笑う。
八郎も笑った。
「まあ、でも理由があります」
「島津には思い入れがあります」
「武の家としての強さがありますから」
そして千代を見る。
「あと千代姉さんがいい人だった」
「それが大きいです」
千代姫は少し照れる。
「ありがとうございます」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それで」
八郎は話を戻した。
「最近困っていることあります?」
一郎が答える。
「湯浴みやな」
「分家側から増やせないかと言われてる」
「あと寺や神社でやっている市」
「あれの運用を教えてほしいとも言われてる」
八郎は頷いた。
「なるほど」
「そこは担当してる者を連れていけばいいですね」
「一郎兄さんの館を窓口にして」
「はい」
千代姫も頷く。
「今、湯浴みはどんな状況なのですか?」
「正直、作れる分は全部作っています」
「今は相良ですね」
「新しく取った三万五千石の土地に大量投入しています」
「遠くても完成品を運んでます」
「早いですね……」
「早さが命ですから」
八郎は団子を口に入れる。
「相良の民に」
『八郎領になると暮らしが変わる』
「そう思わせないといけません」
「でも半月ぐらいしたら落ち着くと思います」
「そしたら薩摩分家側の湯浴みも進められます」
そこで、千代姫の父――島津分家の当主実久が口を開いた。
「八郎殿」
「はい」
「先日の国人衆の話を聞いてな」
「少し気になった」
「借金の話ですか?」
「そうだ」
表情が曇る。
「実はな」
「うちもかなり危ないと思う」
「帰ったら調べさせた帳面を見る予定だ」
「どう思う?」
八郎は即答した。
「特効薬はありません」
「ですが方法はあります」
「ほう」
「鳥獣退治です」
千代が反応する。
「私がしていた仕事ですね」
「そうです」
八郎は頷く。
「猪、鹿」
「農民にとっては害です」
「でも武士にとっては仕事になる」
「薩摩分家の侍衆に任せてもいいと思っています」
「どれほどになる?」
「薩摩川内一万五千石分なら月二十万文」
「もう一つの三万五千石単位なら月四十万文」
「合わせて六十万文」
「冬前まで半年やれば三百六十万文」
周囲が驚く。
「そんなに……」
「もちろん全部渡せません」
「滞在費」
「飯代」
「管理費があります」
「でも侍衆の借金はかなり減ります」
当主は息を吐く。
「ありがたい話だ」
「ただ……」
八郎は続けた。
「城の借金は別です」
「そこは大きいですよ」
「どれぐらいと思う?」
「半分の領地だけでも二千万文」
「……は?」
空気が止まった。
「いやいや」
「そこまであるか?」
八郎は首を振る。
「あります」
「薩摩は我慢強いんですよ」
「だから表に出ていないだけです」
「商家衆だけで一千万文ありました」
「武家はもっと金がかかります」
「甲冑」
「馬」
「武具」
「維持費」
「絶対あります」
「城も少なく見ても千五百万文」
「二千万文でも驚きません」
当主実久の顔が険しくなる。
「最近、商人が銭を渋るようになった」
「それです」
八郎は即答する。
「千二、三百万文」
「千五百万文あたりから商人は警戒します」
「この家、大丈夫か?」
「そう見始めます」
「……」
「しかも」
「まだ見ていない半分の領地も同じでしょう」
沈黙。
しかし八郎は笑った。
「でも大丈夫です」
「千代姉さんのおかげで親戚ですから」
「面倒は見ます」
当主は千代を見る。
「……やはり」
「あと二、三人嫁がせるしかないな」
「お父様!」
千代姫が慌てる。
「言い方が露骨すぎます」
皆が笑った。
八郎も苦笑する。
「でも接触機会を増やすのはいいと思いますよ」
「六郎兄さん、七郎兄さんも」
「まだ大きな実績はないですけど」
「あれだけ腐らず愚直に頑張れるのは才能です」
「四郎兄さん、五郎兄さんも色々経験していますし」
「まあ」
「女性との遊び方は勉強が必要ですけどね」
兄たちが一斉に言う。
「余計なお世話や」
館に笑いが広がる。
ただ――。
島津分家の当主だけは、笑いながらも内心焦っていた。
(借金は想像以上)
(八郎家の勢いは想像以上)
(そして兄弟はまだ残っている)
「……千代」
「はい?」
「やっぱり何人か仲良くしてもらえるよう頑張れ」
「お父様!」
また叱られる。
しかし、その顔は以前よりずっと明るかった。
借金だらけの未来ではなく――。
変えられる未来が、目の前に見えていたからだった。




