1534年1月。正月3が日。祝いというけれどほぼ外交。疲れて一旦投げ出す八郎www肥後国人衆の挨拶が重い。他家の縁談を断るも島津だけずるいとの声が出たので理由を説明する。
一月三が日。
八郎領の正月は、祝いというよりも――ほとんど外交の日々になっていた。
朝から次々と人が訪れる。
庄屋衆。
侍衆。
寺社。
商人。
そして肥後南部の国人衆。
最初のうちは八郎も笑顔で応対していた。
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ八郎様」
「今年も八郎様のお力で……」
そんなやり取りが続く。
しかし昼過ぎ。
八郎は畳に転がった。
「……無理です」
「休みます」
母が呆れる。
「珍しいですね」
「八郎が途中で投げ出すなんて」
「いや母上」
八郎はため息をついた。
「帳面見る方が楽です」
「人と会い続けるの疲れます」
周囲は笑う。
「やっと四歳児らしいところが出ましたな」
「いや普通の四歳児は帳面見ません」
そんな話をしながらも、午後にはまた人と会うことになる。
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特に多かったのは肥後の国人衆だった。
相良との戦。
一兵も失わず、飯と帳面で三万五千石を得た。
その話は周囲に広まっていた。
「八郎様」
「我らも旗下に加えていただけませんでしょうか」
そう頭を下げる者が何人も現れる。
しかし八郎の答えは慎重だった。
「ありがたい話です」
「ですが」
「旗下に入るという意味を理解されていますか?」
国人衆が顔を上げる。
「と、言いますと?」
「帳面です」
八郎は淡々と言った。
「全部見せてもらいます」
「城の借金」
「侍衆の借金」
「農民の借金」
「商人との証文」
「全部です」
空気が変わる。
「そしてですね」
「おそらく、どこの領地も似ています」
「長い戦続きです」
「借金だらけでしょう」
何人かが目をそらす。
八郎は続けた。
「私は民の借金を消します」
「侍の借金も消します」
「でも」
「誰かが責任を取らないといけない」
「それは領主様になる可能性が高いです」
ざわついた。
「首を取るという意味ではありません」
「追放もしません」
「ただ、今まで通り領主として残れるかは別です」
「場合によっては薩摩川内など、安定した場所へ移っていただきます」
「家族も側近も面倒は見ます」
「給金も出します」
「帳面仕事」
「鳥獣退治」
「治安維持」
「能力に応じて働いていただきます」
「でも領地経営は八郎家が預かる」
「そういう意味です」
それを聞いて、多くの国人衆は黙った。
「……少し考えさせていただきたい」
「もちろんです」
八郎は笑った。
「簡単に決めることではありません」
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だが。
一人だけ残った。
「八郎様」
「それでもお願いいたします」
八郎が見る。
「覚悟されていますか?」
「はい」
その国人は苦笑した。
「もう我が領は限界です」
「商人も銭を貸してくれません」
「今年を越せても来年は分かりません」
八郎は静かに言った。
「……おそらく」
「城の借金」
「一千万文は超えていますね」
国人の顔色が変わる。
「なぜ……」
「分かります」
「今まで見てきましたから」
「下手すると千五百万文」
「農民の借金」
「侍衆の借金」
「それぞれ一千万文近く」
「合計三千万文規模かもしれません」
沈黙。
そして国人は頭を下げた。
「その通りかもしれません」
「正直、怖くて調べることもできませんでした」
八郎は頷く。
「分かりました」
「では受けます」
「ただし」
「領地は預かります」
「はい」
「それで構いません」
「民が救われるなら」
こうして肥後の国人領――合わせて三万五千石ほどが、新たに八郎領へ加わることになった。
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そしてもう一つ。
正月に殺到した話題があった。
縁談である。
「八郎様」
「ぜひ我が娘を兄君様方へ……」
しかし八郎は首を振る。
「申し訳ありません」
「兄様方との縁談を特別に動かすのは難しいです」
「なぜでございますか」
「島津とは結んでおられるではありませんか」
八郎は少し考えた。
「島津は特別です」
「名門だから、だけではありません」
「武があります」
「誇りがあります」
「教育があります」
「覚悟があります」
周囲が黙る。
「銭で測れないものです」
「例えば」
「島津の軍勢が前に立つ」
「それだけで敵は迷います」
「この前の相良戦でもそうです」
「島津兵が正面にいたから、相手は簡単に出てこられなかった」
「銭では買えない力です」
島津分家の者たちは静かに聞いていた。
「だから」
「私は島津を潰すより」
「縁を結んだ方がいいと思いました」
少し笑う。
「まあ」
「千代姉様と一郎兄さんは偶然ですけどね」
「今では本当に良かったと思っています」
その場には島津本家の者もいた。
八郎は続ける。
「本家についても同じです」
「財政が厳しいことは分かっています」
その一言に、本家側の家臣が反応する。
「……」
「ですが」
「取り込んだから潰す、という考えはありません」
「島津という家には価値があります」
「武の家として残るべきです」
「八郎家に足りない部分ですから」
その言葉を聞きながら――。
島津本家側では、小さな声で話が始まった。
「……殿」
「なんだ」
「我らの帳面も、一度正確に見た方がよろしいかと」
「……そうだな」
「八郎殿には、おそらく見抜かれている」
「借金があることも」
「苦しいことも」
「隠しても意味がないかもしれん」
そして分家側も同じだった。
「千代姫が嫁いだのは……」
「思った以上に大きかったかもしれませんな」
新年。
祝いの席だったはずの三が日は、いつの間にか九州の勢力図を変える話し合いになっていた。
そして中心にいるのは――。
疲れて昼寝する四歳児だった。




