1534年1月1週目。証文合わせ。八郎へのお祝いに庄屋衆から市の原価分400万文寄付。その金で武士の借金を一か所を完済。
一月一週目。
新しい年を迎えて、八郎領では最初の帳面合わせが開かれていた。
広間には家族だけではなく、各村の庄屋、侍衆、市を任されている者たちが集まっている。
去年とはまるで違う。
ただの庄屋の家だった八郎家は、今では二十二万五千石を動かす存在になっていた。
しかし。
真ん中に座る本人は――。
「皆さん」
「明けましておめでとうございます」
小さな子供だった。
「今年もよろしくお願いします」
皆が頭を下げる。
「八郎様、本年もよろしくお願いいたします」
そこで八郎は少し胸を張った。
「あとですね」
「私、四歳になりました」
一瞬静まる。
そして笑い声が起こった。
「そうでしたな」
「忘れておりました」
「四歳でございましたな」
「忘れないでくださいよ」
八郎は頬を膨らませる。
「私はまだ子供なんですから」
その言葉に周囲がさらに笑う。
「四歳児が肥後を半分取りにいきません」
「帳面で国を動かしません」
「そういうところですよ」
八郎は少し不満そうだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな中、庄屋衆の代表が前に出た。
「八郎様」
「我ら村々からも、新年のお祝いがございます」
「お祝い?」
八郎が首を傾げる。
庄屋は深々と頭を下げた。
「八郎様のおかげでございます」
「去年まで我らは、借金に追われておりました」
「米を作っても」
「野菜を作っても」
「銭は利息に消える」
「子や孫まで借金を背負う」
「そんな暮らしでございました」
周りの庄屋たちも静かに頷く。
「ですが」
「市ができました」
「八郎商会が、我々の作った物を買ってくださった」
「借用証文と合わせて消してくださった」
「今では、初めて手元に銭が残るようになりました」
八郎は黙って聞いていた。
庄屋は続ける。
「ですので」
「市が安定した村々より」
「一回分の原価相当」
「八郎家へお返ししたく」
帳面係が数字を見る。
そして驚いた。
「……四百万文です」
ざわっ。
広間が揺れた。
「四百万!?」
「村々からか?」
「そんなに?」
庄屋衆は笑った。
「昔なら無理でした」
「ですが今は違います」
「借金がない」
「作れば売れる」
「働けば暮らしが良くなる」
「だから返せるんです」
「八郎様」
「これは無理して出した銭ではございません」
「豊かになった証でございます」
八郎は少し嬉しそうに笑った。
「……それが一番嬉しいですね」
八郎は帳面を見る。
そして言った。
「では」
「せっかくの正月です」
周囲がざわつく。
「八郎様」
「何をされる気です?」
「いやですね」
「信用ないですね」
「あります」
「あるから怖いんです」
笑いが起きる。
八郎は筆で数字を書く。
「薩摩川内南側のお侍さん」
「残り借金三百八十万文」
「全部消します」
場が止まった。
「……全部?」
「はい」
「今回、庄屋衆から四百万文いただきましたから」
「これを使います」
侍衆が立ち上がる。
「八郎様……!」
「本当でございますか」
「はい」
八郎は頷いた。
「農民だけ豊かでも駄目です」
「侍だけ豊かでも駄目です」
「両方必要です」
「今年は戦があります」
「相良」
「阿蘇」
「その先には大友、大内」
「だから安心して戦える状態にしたいんです」
侍たちは深く頭を下げた。
「何代も続いた借金です」
「父の代から」
「祖父の代から」
「まさか自分の代で消えるとは……」
「ありがとうございます」
広間は正月以上の祝いの空気になった。
だが八郎は笑う。
「あ、でも勘違いしないでください」
「まだ終わってませんよ」
「え?」
「城の借金」
「五百二十万文あります」
皆が苦笑する。
「まだそんなに」
「なので」
八郎はにっこり笑った。
「善意の寄付をお待ちしております」
全員吹き出した。
「結局そこですか」
「大事です」
さらに帳面をめくる。
「あと相良新領ですね」
「ここも動かします」
「湯浴み施設、一つ分150万文」
「借金消します」
担当者が驚いた。
「もうでございますか?」
「早すぎませんか?」
八郎は首を振る。
「ここは早い方がいいです」
「なぜなら」
「残りの相良領が見ています」
静かになる。
「八郎領になった場所はどうなるのか」
「借金が減る」
「仕事が増える」
「冬でも湯に入れる」
「飯が食える」
「それを見せます」
「城を攻めるより安いです」
島津の者が苦笑した。
「本当に恐ろしい攻め方ですな」
「刀ではなく、暮らしで攻めるとは」
八郎は笑った。
「でも皆、生きていますから」
「その方がいいでしょう」
最後に八郎は言った。
「今年もやることは同じです」
「市を作る」
「物を買う」
「借金を消す」
「暮らしを良くする」
「それだけです」
「領地が大きくなっても変えません」
庄屋衆も侍衆も頭を下げた。
こうして八郎領二十二万五千石の新年は始まった。
庄屋が感謝で銭を返し。
その銭で侍の借金を消し。
また領地が強くなる。
銭が回り、人が動く。
八郎の国造りは、今年も同じように静かに広がっていった。




