表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
291/694

1534年1月。八郎4歳。新年の家族の食卓。正月3日忙しくなるので今日帳簿合わせしてとっとと寝ると話す八郎。

新年。

八郎家の広間には、久しぶりに兄弟全員と母、そして千代姫が揃っていた。

外では八郎領二十二万五千石の年明け。

相良半領を飲み込み、島津本家・分家とも縁を結び、肥後の国人衆からも注目される存在になった。

だが、この場所だけは昔と変わらなかった。

飯を囲んで、兄弟が笑う。

八郎はそれを眺めながら、ふっと笑った。

「しかし……」

「皆さん元気でいてくれて、本当に良かったです」

兄たちが顔を向ける。

「なんや急に」

八郎は茶を飲む。

「いや、本当に激動でしたから」

「去年の今頃なんて、まさかこんなことになるなんて誰も思ってなかったでしょう」

全員苦笑した。

一郎が言う。

「そらそうや」

「握り飯売ってた弟が、気づいたら二十二万石やぞ」

「意味分からんわ」

笑いが起きる。

八郎も笑う。

「でも嬉しいのはそこじゃないんです」

「これだけ大きくなっても」

「誰も偉そうにならず」

「贅沢に溺れず」

「愚直に仕事してくれてる」

「それが一番ありがたいんです」

すると千代姫が静かに言った。

「私は途中から入った身ですが……」

「そこが八郎家の一番すごいところだと思います」

皆が見る。

「普通、これほど急激に大きな家になれば」

「誰かが威張ります」

「誰かが変わります」

「でも、この家は誰も変わらない」

「それは本当にすごいことです」

すると兄弟全員が首を振った。

「違う違う」

「え?」

一郎が笑う。

「早すぎて誰も追いついてないだけや」

「そうそう」

三郎も続く。

「昨日まで料理作ってたのに、急に大名の兄です言われても困るわ」

五郎も笑った。

「そもそも俺ら、庄屋の家やぞ」

「贅沢の仕方が分からん」

次郎が頷く。

「今でも十分贅沢やと思ってる」

「毎日飯食えて」

「湯浴みできて」

「布団で寝れる」

「昔なら夢みたいな暮らしや」

八郎は苦笑する。

「贅沢基準低すぎません?」

「お前がおかしいんや」

即答された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一郎は弟たちを見る。

「まあ結局な」

「八郎が走ってる船に乗ってるだけや」

「俺らはできることをするだけ」

「腐らん」

「足を引っ張らん」

「それくらいや」

六郎、七郎も頷く。

母はそんな様子を見て微笑んだ。

「でも八郎」

「正月くらい休んだら?」

八郎は首を振る。

「いや、違うんです」

「この飯食べて、帳面見たら寝ます」

「結局仕事するんかい」

兄弟が突っ込む。

八郎は真顔だった。

「たぶん正月三日間、挨拶めちゃくちゃ来ますよ」

「……」

「島津本家も来ます」

「貴久様と忠良様」

「また来るんか」

「来ます」

八郎は頷く。

「理由は二つ」

「一つは相良戦です」

「一兵も失わず三万五千石取った話を絶対聞きたいはずです」

「もう一つは……」

少し間を置く。

「縁談ですね」

その瞬間。

一郎以外の兄弟が固まった。

「……」

「なんでみんな怖がるんですか」

八郎が笑う。

「怖いわ」

三郎が言った。

「お前は動かしてる側やからええけどな」

「俺ら巻き込まれてる側やぞ」

五郎も頷く。

「昨日まで普通の庄屋の息子や」

「急に姫様方から見られるんやぞ」

「怖いわ」

八郎は腕を組む。

「まあ……」

「家目当てかなって思いますよね」

「そうや」

「実際どうなん?」

八郎は即答した。

「八割そうです」

「八割もかい!」

全員突っ込んだ。

八郎は笑う。

「でも、それは悪いことじゃないですよ」

「家と家の結びつきなんてそういうものです」

「その中で」

「一緒にいて楽しい人」

「支え合える人」

「そういう人を探せばいいんです」

三郎がため息をつく。

「簡単に言うなあ」

「いやいや」

八郎は笑う。

「逆にですよ」

「何もなくて四十、五十になって」

「嫁もおらず、寂しい人生になる可能性もあったわけですよ?」

「極端すぎるわ」

一郎が笑う。

「でもまあ」

「機会と思えってことか」

「そうです」

八郎は頷いた。

そして少し真面目な顔になる。

「ただ」

「今の勢いが永遠とは思ってません」

皆が黙る。

「今は相良や阿蘇だから通じました」

「借金」

「飯」

「市」

「湯浴み」

「生活改善」

「これで人の心を動かせた」

「でも」

「大友や大内は違います」

空気が変わる。

「本物の大勢力です」

「もし今、大友が本気で南下してきたら」

「うちはまだ耐えられません」

一郎が言う。

「まだ先やろ」

八郎は苦笑した。

「肥後取ったら、もう隣ですよ」

「……」

「だから今年は大事です」

「肥後を整える」

「島津と関係を深める」

「兵を鍛える」

「商いを伸ばす」

「それを全部やります」

三郎が呆れる。

「正月からそれか」

「だから帳面見たら寝るって言ってるじゃないですか」

「そこだけ三歳児みたいに言うな」

また笑いが起きた。

千代姫はその光景を見て思った。

二十二万五千石の大名家。

しかし中身は、まだ家族だった。

そして。

その家族であることこそが、この八郎家最大の強さなのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ