1533年12月末日。一郎の館で八郎以外の兄弟が集結。激動の期間とそれぞれの思いを話す。
十二月末。
雪こそ降らないが、朝晩の冷え込みが強くなってきた頃。
一郎と千代姫の館には、いつもより賑やかな声が響いていた。
「三郎兄さん、それ何入れたんですか?」
「味噌や。ただ焼くより、少し漬けた方が味が染みると思ってな」
三郎が料理をしている横で、島津分家から来た姫や重臣の娘たちが興味津々で覗き込んでいた。
「すごいですわ」
「男の方がここまで料理されるなんて」
褒められて三郎は少し照れる。
「いや、まあ……好きでやってるだけやから」
それを見ていた五郎が笑う。
「三郎兄さん、完全に料理教室になってますやん」
「八郎に言われたからな」
三郎は苦笑する。
「料理を教えるんやなくて、一緒に飯を楽しめって」
その言葉に兄弟たちは笑った。
今日は珍しく、一郎から七郎まで、八郎以外の兄弟が集まっていた。
囲炉裏を囲みながら、一郎がぽつりと言う。
「しかし、なんやろな」
「こうやって兄弟だけで集まるなら、こっちの方が落ち着くな」
次郎が頷く。
「八郎の館はな……」
「大人ばっかりやからな」
みんな苦笑した。
八郎の周りにいるのは、商人、侍、領主、島津。
三歳児の周囲とは思えない。
「別に嫌とかやないんやけどな」
五郎が笑う。
「うちの弟やし」
「でも空気が違うわ」
すると一郎が六郎と七郎を見る。
「でもな」
「俺は六郎と七郎はようやっとると思うで」
二人が顔を上げる。
「え?」
「何がですか?」
一郎は真面目な顔で言った。
「普通腐るぞ」
「……」
「弟が三歳で領主になって」
「二十万石動かして」
「島津と話して」
「戦まで勝つ」
「普通なら、自分は何なんやってなる」
六郎と七郎は黙った。
一郎は続ける。
「でも二人は訓練にも出る」
「帳面合わせにも出る」
「分からんなりに覚えようとしてる」
「それはすごいことや」
七郎が小さく言う。
「でも……」
「八郎みたいにはできません」
一郎は笑った。
「当たり前や」
「八郎みたいなのが何人もいたら怖いわ」
皆が吹き出した。
五郎も頷く。
「俺もな」
「最初は八郎を背負って市に行ってたんや」
「文字読める!」
「計算できる!」
「すごいすごいって言うてた」
懐かしそうに笑う。
「あの時は、まさかこうなると思わんかった」
握り飯を売った。
混ぜ飯を売った。
寺に寄付した。
ただそれだけだった。
「俺や四郎兄さんはまだええ」
「最初からいたって思えるから」
四郎郎も頷く。
「まあ、握り飯売ってただけやけどな」
笑いが起きる。
「でもな」
五郎は六郎を見る。
「途中から見る方がしんどいと思う」
「急に八郎商会が大きくなって」
「急に領地になって」
「ついてこいって言われても難しい」
一郎も頷く。
「だから焦らんでええ」
「三郎みたいに料理を極める必要もない」
「二郎みたいに仕事が決まってなくてもいい」
「俺みたいに畑でもなくていい」
「できること増やせばいい」
六郎は少し考え込む。
「でも……足を引っ張りたくないんです」
「それで十分や」
一郎は即答した。
「八郎が一番嫌がるのは何やと思う?」
二人は首を傾げる。
「家族がバラバラになることや」
「……」
「たぶん八郎は、領地が欲しかったわけやない」
「最初は家族の借金返したかっただけや」
「飯を食えるようにしたかっただけや」
「それが大きくなっただけや」
千代姫は横で静かに聞いていた。
そして微笑む。
「一郎様は、そういうところをちゃんと見ておられるから素敵です」
一瞬静かになる。
次の瞬間。
「姉さん」
「のろけすぎです」
兄弟全員が笑った。
千代姫は顔を赤くする。
「本当のことです」
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少し落ち着いた後、千代姫は言った。
「でも皆様」
「八郎様だけではありませんよ」
兄弟たちが見る。
「今回、私が一郎様と結ばれたのも」
「八郎様のおかげではあります」
「でも」
「一緒にいて安心できたのは、一郎様だからです」
一郎が照れる。
「千代……」
「だから」
「三郎様も」
「六郎様も七郎様も」
「皆様、それぞれ考えてください」
「島津本家からも一月には遊学の方々が来られるのでしょう?」
三郎が苦笑する。
「また料理教室か?」
「かもしれませんね」
みんな笑う。
二郎がぼそっと言う。
「でもまあ」
「もう俺ら全員、八郎の船に乗ってもうたからな」
五郎が笑う。
「船どころか、最近飛んでるって言われてるけどな」
「確かにな」
一郎も笑う。
「でも沈むなら一緒や」
「進むなら一緒」
「家族やからな」
その言葉に全員が頷いた。
千代姫はその光景を見ながら思う。
――八郎様の力だけではない。
この兄弟だから。
この家だから。
ここまで来たのだ、と。
外では八郎が天下を動かしている。
だが、この小さな館では。
ただ兄弟が飯を食べ、笑っていた。
そしてそれこそが、八郎が最初に守りたかったものだった。




