1533年12月4週目。年末の帳面合わせ。相良から割譲された領土の市の立ち上げ費用のツケをはらい、大量の湯あみを導入。現在22万5000石の領主。
12月四週目。
今年最後の帳面合わせの日。
大広間には、いつものように商人衆、侍衆、庄屋衆、職人たちが集まっていた。
だが、半年前とは空気がまるで違っていた。
最初は「今年の年貢をどう払うか」「借金をどう先延ばしするか」という話ばかりだった場所。
今は違う。
「次はどこの市を広げるか」
「どこの湯浴みを作るか」
「どの商品を増やすか」
そんな話になっていた。
八郎は積まれた帳面を見ながら口を開く。
「細かい数字は皆さん見ておいてください」
周囲が笑う。
「またそれですか」
「八郎様、最近細かい数字投げますな」
八郎は団子を食べながら答える。
「大きいところだけ分かればいいんです」
「では大きい話をします」
皆が耳を傾ける。
「まず、新しく入った相良の三万五千石」
「ここに湯浴みを大量に送ります」
ざわっとする。
「もうですか?」
「もうです」
八郎は即答した。
「冬ですから」
「寒い時に温かい湯へ入れる」
「仕事が生まれる」
「銭が動く」
「これが大事です」
庄屋衆が頷く。
「確かに、薩摩川内でも湯浴みから空気が変わりましたからな」
「はい」
八郎は続ける。
「それから相良の市」
「立ち上げ費用九十万文」
「消します」
「……」
一瞬、静かになる。
「早すぎませんか?」
「早いですね」
八郎は普通に認めた。
「でも早い方がいいです」
「半年停戦です」
「半年後にもう一度戦をするより、半年後に向こうから来てもらう方がいい」
皆が理解する。
「つまり……」
「はい」
「相良の残り半分に見せます」
「あちらは湯に入っている」
「あちらは借金が減っている」
「あちらは仕事がある」
「そう思わせる」
侍の一人が苦笑する。
「相変わらず嫌な攻め方ですな」
八郎は笑う。
「褒め言葉として受け取ります」
次に別の帳面を開く。
「それから薩摩川内南側」
「侍衆の借金、二十万文分消します」
その場にいた侍たちが頭を下げる。
「ありがとうございます」
「本当に……助かります」
八郎は首を振った。
「違います」
「?」
「これから戦があります」
「借金を気にしたまま戦うより、家族を安心させて戦った方が強いです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて」
八郎は大きく息を吐く。
「来年はもっと動きます」
「肥後ですね」
「はい」
「おそらく国人衆の中には、自分から入りたいという者も出るでしょう」
「今回の相良攻めを見ていますから」
一兵も失わず。
城も焼かず。
民を傷つけず。
領地を増やした。
そんな話が広がらないはずがない。
「でも」
八郎は言う。
「やることは変わりません」
「市を作る」
「物を買う」
「借用証を消す」
「湯浴みを作る」
「飯を食わせる」
「暮らしを良くする」
「それだけです」
商人衆の一人が笑った。
「それだけ、の規模がおかしいんですがね」
周りも笑った。
そして八郎は薩摩川内の帳面を見る。
「最初の領地ですが」
「あと残りは城の借金五百二十万文です」
またざわつく。
「もうそれだけですか」
「はい」
「庄屋衆も」
「侍衆も」
「大きな借金はありません」
半年前。
領全体が借金漬けだった。
それが今。
残りは城だけ。
「これからは銭が入ったら、少し使ってください」
八郎が言う。
「布団でもいい」
「飯でもいい」
「湯浴みでもいい」
「銭は回して初めて力になります」
そこで料理人の一人が苦笑した。
「ところで八郎様」
「はい?」
「新料理はどうするんですか」
八郎の目が輝く。
「ああ、それです!」
周りが嫌な予感を覚える。
「親鳥!」
「忘れてませんよ!」
「硬い肉をどう柔らかくするか!」
「味噌漬けとか煮込みとか!」
「まだ全然試せてないんですよ!」
庄屋衆が笑う。
「誰も気にしてませんでしたよ」
「いやいやいや」
八郎は真剣だった。
「料理が増えるということは」
「商品が増える」
「売上が増える」
「利益が増える」
「借金を消す速度が上がる」
「全部繋がってます」
「分かりますが……」
母が呆れた顔をする。
「八郎」
「はい?」
「あなた倒れるわよ」
「大丈夫です」
「なぜ?」
「しんどかったら寝ます」
即答。
「……」
「昼寝しますし」
「眠かったら会議途中でも寝ます」
一同が吹き出した。
「そこだけ三歳児ですな」
「三歳児ですから」
八郎は堂々と言う。
「だから無理はしません」
そして団子を取る。
「来年は肥後」
「交易」
「芋」
「料理」
「忙しくなりますね」
母はため息をつく。
「楽しそうね」
「はい」
八郎は笑った。
「みんなの暮らしが良くなるのを見るのは楽しいですから」
こうして激動の一年が終わろうとしていた。
ただの庄屋の八男だった八郎。
目先の五千文を返すために始めた飯屋。
それが今や二十二万五千石を動かし、島津を巻き込み、肥後全土を揺らす存在になっていた。
そして本人は。
「さて、親鳥どう料理しましょうかね」
まだ飯のことを考えていた。




