1533年12月終わり。八郎の派手さの裏で一郎の館にも人が集まる。農業話や島津分家の集会所。
12月の終わり。
八郎の館が毎日のように商人、侍、庄屋、職人でごった返す中、もう一つ人が集まる場所ができていた。
一郎と千代姫の館である。
島津分家から来た者たちは、まず千代姫へ挨拶に訪れていた。
「千代様、このたびはまことにおめでとうございます」
「ありがとうございます」
千代は柔らかく頭を下げる。
「それにしても……こちらはすごいですな」
島津の家臣が感心したように言う。
「市、湯浴み、飯屋、農具……見るものすべて違います」
「父も驚いておりました」
千代が笑う。
「八郎様のところは、毎日新しい話がありますから」
すると家臣が一郎を見る。
「特に一郎様にはお願いがございまして」
「私にですか?」
一郎は少し驚く。
「はい。芋のことです」
「芋ですか」
一郎の顔が少し明るくなる。
「次の植え付けで、我らの領でも広げたいのです」
「飢饉にも強く、焼けば甘い。あれは民の助けになります」
一郎は頷いた。
「分かりました」
「時期がありますから、田畑の様子を見ながらですね」
「詳しい者を送ります」
「私も見に行ける時は行きます」
家臣たちは安心した顔になる。
「ありがたい」
さらに話は続く。
「あと、米をつく道具のことですが」
「ああ、杵ですね」
一郎が答える。
「それも順番に進めています」
「八郎からは、水車の力を使えないかと言われています」
「水車?」
「はい」
「水の流れる力で軸を回し、それで石臼や杵を動かせないか、と」
島津の者たちは顔を見合わせる。
「人の力を使わず米を?」
「まだ試しながらです」
一郎は苦笑する。
「八郎は思いつくのが早すぎるので」
その言葉に全員笑った。
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しばらく話していると、島津家臣の一人がぽつりと言った。
「しかし……正直言いますと」
「はい?」
「八郎様の館はすごいのですが」
「少し疲れます」
一郎と千代が顔を見合わせる。
「疲れる?」
「はい」
「行くたびに話が増えます」
「市を作る」
「湯浴みを増やす」
「交易する」
「借金を消す」
「次は肥後」
「次は琉球」
「頭が追いつきませぬ」
千代が思わず笑う。
「分かります」
「こちらで一郎様と話すと落ち着きます」
一郎は少し困ったように笑った。
「私は派手なことはできませんから」
「八郎みたいな才もありません」
「そんな」
「本当ですよ」
一郎は茶を飲む。
「うちの家族は、八郎が作った大きな船に乗っているようなものです」
「沈むまでは一緒に進もう、という感じですね」
すると島津家臣が首を振った。
「いやいや」
「今の八郎家の船は、沈むどころか翼が生えて飛んでおりますぞ」
周囲が笑った。
一郎も苦笑する。
「そうかもしれません」
「でも、私にできることは限られています」
そして静かに続ける。
「畑を見る」
「人を育てる」
「困っていることを八郎へ届ける」
「島津分家の暮らしが少しでも良くなるように手伝う」
「それだけです」
千代は横でその姿を見ていた。
そして微笑む。
「私は、そういう一郎様のところが好きです」
場が静かになる。
次の瞬間。
「おお……」
島津家臣たちがにやにやする。
「これはこれは」
「のろけを聞かされましたな」
千代の顔が赤くなる。
「違います」
「いや、違わないでしょう」
皆が笑った。
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その後も話は続く。
「湯浴みの件もお願いします」
「もちろんです」
一郎は頷く。
「冬場に仕事を作る意味でも大事ですから」
「市の方も利益が出始めていると聞いております」
「はい」
「農民の借金も少しずつ減っているようです」
千代が嬉しそうに言う。
「父の領が少しずつ良くなれば嬉しいです」
そんな穏やかな時間が流れた後。
客人たちが帰り、夫婦二人になる。
千代がお茶を入れ直した。
「一郎様」
「はい」
「お仕事も大事ですが」
「うん?」
「春になれば農作業で忙しくなりますよね」
「そうですね」
「ですから……」
少し間が空く。
「今のうちに、子供の一人でも授かれたらと思うのですが」
一郎が固まる。
「……」
「一郎様?」
「いや」
「私はそういうことに疎くて」
千代はため息をつく。
「疎い、疎くないではありません」
「そうなのですか?」
「はい」
千代は少し顔を赤くする。
「男たるもの、家を繋ぐことも大事……という言い伝えがあります」
「なるほど」
真面目に頷く一郎。
それを見て千代は耐えきれず笑った。
「違います」
「違う?」
「私が」
小さな声になる。
「一郎様と一緒にいる時間を増やしたいだけです」
「……」
今度は一郎の方が赤くなる。
いつも畑や作物ばかり見ていた一郎。
でも目の前で恥ずかしそうに笑う千代を見て、初めて強く思った。
(ああ……可愛いな)
「千代」
「はい」
「明日の畑回り、少し減らします」
「本当ですか?」
「はい」
「八郎に怒られますかね」
千代は笑う。
「八郎様なら言いますよ」
「やっと気づいたんですか、一郎兄さんって」
二人で笑った。
外では八郎領が大きく動いている。
だが、この小さな館では。
ゆっくりと、新しい家族の形が作られ始めていた。




