1533年12月4週目。島津本家に戻った姫達が八郎の相良攻めに関する話を忠良。貴久に話す。八郎らしいえげつないやり方とほめる。
12月四週目。
島津本家では、遊学から一度戻った姫たちが、年明けから再び八郎領へ向かう準備をしていた。
荷物を整え、侍女を選び、何を学ぶかを話し合う。
農業。
料理。
帳面。
商い。
湯浴み。
市。
以前なら姫が学ぶものとは思われなかったものばかりだった。
そんな中、島津本家の広間では、忠良、貴久が姫たちから八郎領の近況を聞いていた。
「それで……相良との戦はどうなった」
貴久が尋ねる。
姫の一人が答えた。
「はい。八郎様は本隊六千、島津実久様より千五百の援軍を受け、七千五百で出陣されたそうです」
「ふむ」
「そして……一兵も失わず、相良より三万五千石の割譲を受け、半年の停戦となりました」
一瞬、部屋が静まった。
「……なんじゃ、それは」
貴久が眉を寄せる。
忠良も腕を組んだ。
「待て。一兵も失わず?」
「はい」
「城攻めは?」
「しておりません」
「野戦は?」
「しておりません」
「では何をした」
姫は少し考えて答えた。
「飯を炊いたそうです」
「……」
「飯?」
「はい」
その場の武士たちが困惑する。
姫は続けた。
「まず相良、阿蘇との境で炊き出しを行い、民や兵に飯を振る舞ったそうです」
「そこで借金の帳面を書かせ、八郎領ではどうやって借金を減らしているか伝えたとか」
貴久が目を細める。
「なるほど……」
若いながらも、その意味に気づいた。
「戦の前に兵を削ったか」
「はい?」
姫が首を傾げる。
貴久が説明する。
「徴兵される農民兵が思うわけじゃ」
「向こうへ行けば飯がある」
「借金も減る」
「村も焼かれない」
「なら命懸けで城に籠もる理由が薄れる」
忠良も頷く。
「普通は敵への憎しみを作らせる」
「田を焼き、家を壊す、だから戦えとな」
「八郎殿は逆をやった」
姫は淡々と言う。
「その後、四千を前に置き、三千でずっと飯を炊いたそうです」
「城の前でか?」
「はい」
貴久が思わず笑う。
「嫌な攻め方じゃ」
「城の中では腹を減らしておる」
「外では敵が温かい飯を食わせている」
「しかも出てきても殺されん」
「はい。出てきた兵に飯を食べさせて、お茶と団子まで出したとか」
「団子までか」
忠良が吹き出す。
「戦場で団子とは」
「それで帰りたい者は帰らせたそうです」
「帰らせた?」
「はい。握り飯を持たせて」
その瞬間、貴久が声を出して笑った。
「それが一番えげつない」
姫は不思議そうに見る。
「そうなのですか?」
「分かっておらんな」
貴久が苦笑する。
「城へ戻った兵は何を話す?」
「……飯がおいしかった、と?」
「そうじゃ」
「敵は優しかった」
「殺されなかった」
「借金を消してくれるらしい」
「それを城内で広める」
忠良が唸る。
「毒じゃな」
「飯の毒じゃ」
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しかし高久はすぐに真面目な顔になる。
「ただ、これは誰でもできる戦ではない」
姫たちを見る。
「分かるか?」
「八郎様だから、ですか?」
「そうじゃ」
指を折って説明する。
「まず前回の戦で、相良と阿蘇は負けている」
「捕虜から武具も取られた」
「賠償も払った」
「つまり兵を集める力が弱っていた」
忠良が続ける。
「さらに世はどこも銭不足」
「農民も侍も借金だらけ」
「そこへ八郎商会じゃ」
「飯を売るだけではない」
「物を買い、銭を流し、証文を消す」
「これがあるから成立する」
貴久が頷く。
「そして最後が島津実久殿の兵」
「そこです」
姫が言う。
「八郎様も、島津の武が正面にあるからできたと言われていたそうです」
高久は笑った。
「分かっておるな」
「七千五百を押し返すには、正面突破しかない」
「しかし正面には島津」
「簡単には出られん」
少し沈黙した後、忠良が苦笑する。
「しかし困ったな」
「何がです?」
「我らが武を示すために五十万文もらった」
「小さくても勝ち戦をして、貴久の名を上げようという話だった」
「はい」
「その前に飯炊いて三万五千石取られたら、話題全部持っていかれるではないか」
その場が笑いに包まれた。
「我らも頑張っておるんだがな」
貴久まで笑う。
「八郎殿は派手すぎる」
しばらくして高久が言う。
「正月……挨拶に行くか」
姫たちが顔を上げる。
「また行かれるのですか?」
「当然じゃ」
「お前たちの遊学もある」
「八郎家とは今後も付き合う」
「挨拶は必要じゃ」
姫の一人が笑う。
「本当は、その戦の話を聞きたいだけでは?」
「……」
貴久は少し黙った。
忠良が横で笑う。
「図星じゃな」
「いや、違うぞ」
「国のためじゃ」
「島津の未来のためじゃ」
姫たちは笑った。
「はいはい」
「完全に八郎様の話を聞きたい顔です」
貴久も最後には笑った。
「仕方なかろう」
「三歳児が兵を失わず国を取った話など、聞かずにおれるか」
そして外を見る。
「武で取る国」
「銭で動く国」
「飯で寄ってくる民」
「面白い時代になってきた」
島津本家もまた、八郎という存在に大きく揺さぶられ始めていた。




