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1533年12月3週目。島津分家との話し合い後、相良から割譲された新領地の開拓を急ぐ八郎。贅沢を覚えると人は戻れない。

12月三週目。

相良から戻った後も、八郎の頭の中ではすでに次の手が動いていた。

島津実久が帰る準備を進める中、八郎はふと思い出したように言う。

「そういえば実久様」

「なんじゃ?」

「湯浴みと寺社市の話です」

「ああ」

実久は膝を叩いた。

「それじゃ、それも頼みたいと思っておった」

八郎は頷く。

「市だけでも民の暮らしは変わります。でも寺や神社を中心に市を作ると、人が集まる場所になります」

「なるほどな」

「飯を食う」

「物を買う」

「話をする」

「情報が流れる」

「寺社が賑われば領地も賑わります」

実久は感心する。

「戦で城を取るより、寺を賑わせる方を先に考えるか」

「城は飯を生みませんから」

その言葉に周囲が笑う。

「三歳児が言う言葉ではないな」

すると実久は少し咳払いした。

「あとじゃな……」

「はい?」

「最低もう一人ぐらい、うちから娶ってくれんか」

一瞬静かになる。

千代がため息をついた。

「父上……」

「なんじゃ」

「帰る直前までそれですか」

「当たり前じゃ」

実久は悪びれない。

「一郎殿と千代が結ばれた。それだけで市が動き、芋が入り、借金が減る」

「こんな縁、増やしたいに決まっておろう」

八郎は笑う。

「まあ、焦らなくてもいいですよ」

「いや、焦るわ」

実久は即答した。

「半年後には肥後半分取っておるかもしれん家じゃぞ」

「……」

「しかも戦わずに」

周囲も苦笑する。

「今回だけですよ」

八郎は念押しした。

「相良、阿蘇まではできます」

「ほう」

「借金」

「疲弊」

「前回負けた恐怖」

「八郎領の噂」

「全部揃っていたからです」

そして少し声を強める。

「だから兵は鍛えてください」

島津の武士たちを見る。

「飯だけで勝てると思ったら終わります」

「大友、大内相手には通じません」

実久は満足そうに笑った。

「そこを分かっておるなら安心じゃ」

そして立ち上がる。

「では帰るか」

「また来ますけどな」

「軽いですね」

八郎が笑う。

実久も笑った。

「百三十万文もらって、一兵も失わず帰るんじゃぞ?」

「浮かれもするわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、八郎は場所を変えて重臣たちと話す。

相良から得た三万五千石。

ここからが本番だった。

「まず市です」

八郎が帳面を広げる。

「利益は後回しでいいです」

商人衆が驚く。

「利益なしですか?」

「最初は」

八郎は頷く。

「目的は銭儲けじゃありません」

「借金の姿を見ることです」

そして数字を書く。

「仮ですが」

城の借金 二千万文。

商家絡み 一千万文。

侍衆 一千万文。

「これぐらいあると思ってます」

「そんなに……」

「あります」

八郎は断言した。

「相良は戦費を使いました」

「前回うちに負けて賠償金も払っています」

「表に出ていない借金があります」

だからこそ。

「市を早く動かす」

「農民から物を買う」

「証文と合わせる」

「まず民を楽にする」

そこまで言って、次の帳面を見る。

「それから湯浴みです」

母が首を傾げる。

「八郎、最近ずっと湯浴みって言ってるわね」

「大事です」

八郎は真顔だった。

「冬ですよ?」

「寒い中で仕事がある」

「銭が入る」

「湯に入れる」

「これだけで全然違います」

そして笑う。

「八郎領の贅沢を覚えてもらいます」

母が眉を上げる。

「贅沢を覚えさせるって……言い方」

「でも大事です」

八郎は悪びれない。

「人は一度暖かい布団で寝て、温かい湯に入って、腹いっぱい食べたら」

「戻れません」

周囲が静かになる。

「だから相良の残り半分にも伝わります」

『向こうは借金が減っている』

『冬でも仕事がある』

『湯に入れる』

『飯が食える』

「それを半年見たらどうなると思います?」

誰も答えなかった。

答えは分かっていたから。

「兵で攻めなくても、人の心が動きます」

母はため息をつく。

「本当に三歳児なのかしらね」

八郎は笑った。

「三歳児ですよ」

「団子好きですし」

その場が笑いに包まれる。

しかし重臣たちは理解していた。

八郎が今作ろうとしているもの。

それは城でも軍でもない。

「八郎領の暮らし」そのものだった。

そしてその暮らしを一度知った者から、自然に八郎側へ流れていく。

相良攻略は、まだ終わっていなかった。

むしろ本当の攻略は、ここから始まるのだった。

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