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1533年12月3週目。相良攻めから帰宅。戦費550万文。うち130万文は島津分家へ。実久殿ホクホクだが未来の自分たちだったかもと思うと複雑。

12月の三週目。

相良攻めから戻った八郎は、いつものように大広間で帳面合わせを開いていた。

商人衆、庄屋衆、侍衆が集まり、山のような帳面が並ぶ。

「まあ、細かい数字は後で見てもらうとして……二週間分合わせても大きくは変わっておりませんな」

帳面役がそう言うと、八郎は頷いた。

「そうですね。今回大きいのは戦費です」

周囲が少し緊張する。

七千五百もの兵を動かしたのだ。

いくら戦っていないとはいえ、兵糧、馬、運搬、人足、炊き出し、買い付け。

安いはずがない。

「今回、八郎商会持ちで五百五十万文使いました」

「五百五十万……」

ざわっと空気が揺れる。

だが八郎は平然としていた。

「ただ、米も買いました。野菜も買いました。魚も買いました。相良領の民にも銭を落としてます。

 全部が消えたわけではありません」

そして笑う。

「あと島津実久様のところには百三十万文お渡しします」

その場にいた島津分家の者たちが目を丸くした。

「百三十万文……」

実久は思わず笑った。

「おいおい八郎殿、兵を出して飯を食わせてもらって、戦わず帰ってきて、その上銭まで貰えるんか」

「当然でしょう」

八郎は茶を飲みながら言う。

「島津の旗が前にあったから相良は出られなかったんです」

「ほう?」

「相良から見れば、正面に島津。後ろに七千五百。下手に出れば島津の武に叩かれる。

 それがあったから飯攻めが成立したんです」

実久は腕を組む。

「しかし……飯を炊いて城を落とすとはな」

周りの島津武士も苦笑する。

「島津では考えられん戦じゃ」

八郎は首を振った。

「これに慣れたら駄目です」

「ん?」

「これは相良、阿蘇だから効いただけです。借金があり、民が疲れていて、こちらの暮らしを

 知っていたからです」

少し真面目な顔になる。

「大友や大内相手には通用しません」

実久は感心したように見る。

「三歳児がそれを分かっておるのがおかしいんじゃがな」

周りが笑った。

その後、実久は千代、一郎、八郎、母を交えて茶を飲んでいた。

団子を口にしながら実久が言う。

「しかしな、八郎殿」

「はい?」

「帰ったら宴じゃ」

「宴ですか?」

「当たり前じゃ。一兵も失わず戻った。しかも百三十万文持って帰る。兵も喜ぶ」

「宴もいいですけど」

八郎はニコッと笑う。

「帳面も見てくださいね」

「……」

実久の顔が少し引きつる。

「そこを突いてくるか」

「突きます」

八郎は即答した。

「今回見たでしょう」

実久は黙った。

確かに見た。

相良の兵。

腹を空かせていた。

借金に苦しんでいた。

領主のために戦う気持ちはあっても、家族の暮らしが限界だった。

「あれは……」

実久がぽつりと言う。

「未来の我らだったかもしれんな」

空気が静かになる。

「戦に勝つことばかり考えていた」

「島津はそれでいいと思います」

八郎が返す。

「武は必要です」

「ですが、民が支えられなければ長く戦えません」


実久は深く頷いた。

「だから湯浴み、市、飯屋か」

「はい」

「冬に温かい湯に入れる」

「腹いっぱい飯が食える」

「借金が減っていく」

「それだけで民は変わります」

実久は笑った。

「千代」

「はい、父上」

「よく一郎殿を捕まえた」

千代が顔を赤くする。

「父上!」

「いや、本当にじゃ」

実久は笑う。

「これで八郎家と縁ができた」

そして少し身を乗り出す。

「どうじゃ? あと二、三人、うちから嫁に取らんか?」

千代が固まる。

「父上……」

「なんじゃ」

「露骨すぎます」

母も苦笑する。

一郎は困った顔で茶を飲む。

八郎だけがケラケラ笑う。

「いや、実久様らしくていいですよ」

「そうじゃろ?」

「でも焦りすぎです」

「焦るわ」

実久は真顔になる。

「半年後、相良が全部入ったらどうなる」

八郎は少し考える。

「肥後の半分近くですね」

「そうじゃ」

実久が言う。

「今回の戦、噂になるぞ」

「兵を失わず」

「城を焼かず」

「飯を炊いて領地を取った」

「そんなもの聞いたことがない」

八郎は苦笑した。

「まあ、国人衆は動くでしょうね」

「やはりか」

「はい」

「面倒見てください、という人は出ると思います」

「その時は?」

「帳面を出してもらいます」

即答。

実久は吹き出す。

「結局そこか」

「そこです」

「土地より帳面です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな話で盛り上がっていると、外から声がした。

「失礼いたします」

島津本家から遊学予定の姫たちだった。

帰国準備の挨拶に来たのである。

「八郎様」

「はい」

「このたびは色々学ばせていただきました」

八郎は頭を下げる。

「いえいえ」

すると姫の一人が笑う。

「また戻ってきてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」

「料理でも、農業でも、帳面でも」

「三郎兄さんの料理教室でも」

その瞬間、周囲が笑った。

「またそれを言う」

「いや大事ですよ」

八郎は真顔で言う。

「三郎兄さん、料理の話しかしませんから」

一郎がぼそっと言う。

「俺も猪の話したしな……」

千代が笑う。

「そこも好きですよ」

一郎が照れる。

それを見て実久は満足そうに茶を飲んだ。

「しかし本当に不思議な家じゃ」

「戦をしても死人を減らし」

「婚姻しても家を奪わず」

「借金を消して味方を増やす」

そして八郎を見る。

「次は肥後半国か」

八郎は団子を食べながら答える。

「まあ、その前に帳面ですね」

一同が笑った。

三歳児の口から出るには、あまりにも大きすぎる話。

だが、誰ももう疑っていなかった。

肥後の流れは確実に八郎へ向かい始めていた。

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