1533年12月~12月2週目。籠城する相良勢を前に飯を炊き続ける。休戦半年、領土は半分割譲。一兵も失わずに八郎帰宅。
相良城の前。
八郎軍の陣では、今日も煙が上がっていた。
戦の煙ではない。
飯を炊く煙だった。
大釜では米が炊かれ、汁が作られ、周囲の村人や逃げ込んできた者たちに配られている。
その様子を見ながら八郎は団子を食べていた。
「さて」
「?」
「あと何日持つでしょうね」
八郎がケラケラ笑う。
隣にいた島津分家の侍が苦笑した。
「八郎様」
「はい」
「なかなか嫌な攻め方をしますな」
「そうですか?」
「そうでしょう」
侍は城を見る。
「こちらは矢一本放っておらぬ」
「はい」
「槍も合わせておらぬ」
「はい」
「なのに向こうの兵の心だけ削れております」
八郎は首を振る。
「いやいや」
「?」
「これは島津の皆様が前に立ってくれているからできます」
「我らが?」
「はい」
八郎は説明する。
「城から見たら、目の前に島津の兵がいるんです」
「……」
「正面突破しようと思えば島津と戦う必要がある」
「まあ、そうですな」
「それが嫌だから籠城する」
「はい」
「でも籠城したら、毎日飯の匂いがする」
島津の侍が笑う。
「確かに嫌ですな」
「でしょう?」
八郎は団子をかじる。
「それに今回は条件が揃ってます」
「条件?」
「八郎領のやり方が境まで広がっていること」
「ふむ」
「相良が前の戦の賠償で苦しいこと」
「……」
「武具も減っていること」
「……」
「民も侍も借金に困っていること」
八郎は城を指差した。
「だから効くんです」
「なるほど」
「普通の相手には無理ですよ」
「しかし……」
島津の侍が笑う。
「白旗を持った兵を飯食わせて返すとは思いませんでした」
「あれが一番大事です」
「逃げた者もいましたぞ?」
「いいんです」
八郎は即答した。
「逃げた人は八郎領の話を広げます」
「……」
「戻った人は?」
「城内で広げる」
「そういうことです」
八郎は笑う。
「しかも握り飯をたくさん持たせましたから」
「毒ですな」
「飯ですよ」
「いや、心への毒です」
周囲が笑った。
「あと一週間ぐらいしたら、向こうから使者が来ると思います」
八郎はそう言った。
しかし。
三日後。
「八郎様!」
「はい?」
「相良より使者です!」
八郎は目を丸くした。
そして島津の侍を見る。
「……」
「……」
「一週間持ちませんでしたね」
「持ちませんでしたな」
二人で苦笑した。
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相良の使者が陣に入る。
八郎はいつも通りだった。
「遠いところありがとうございます」
「……」
「まず飯でもどうです?」
「結構です」
使者は苦い顔をする。
「飯の毒は、もう十分回っておりますので」
その言葉に周りが少し笑う。
「毒じゃないんですけどね」
八郎は笑った。
「それで、ご用件は?」
使者は頭を下げる。
「休戦を申し入れたい」
「休戦ですか」
「はい」
「全部こちらで面倒を見てもいいですよ?」
「そこまでは折れておりません」
「そうですか」
八郎はあっさり頷く。
「では条件は?」
「相良領の半分を譲ります」
周囲がざわついた。
「半分?」
「はい」
「半年の休戦」
「半年」
「その間、お互い攻めない」
八郎は少し考える。
「分かりました」
「よろしいので?」
「はい」
「ただ」
使者が身構える。
「一つ条件を追加していいですか?」
「何でしょう」
八郎は静かに言った。
「いただいた半分の土地で、市を開きます」
「……」
「湯浴みを作ります」
「……」
「飯屋を作ります」
「……」
「借金の帳面を整理します」
使者は黙る。
「半年後」
八郎は続けた。
「残った相良領の人たちは、それを見ています」
「……」
「もし人がこちらへ流れてくるようなら」
「……」
「もう無駄な戦はやめてください」
空気が止まる。
「降れ、と?」
「違います」
八郎は首を振る。
「一緒になりましょう、です」
「……」
「領主様の首はいりません」
「……」
「家臣団も丸抱えします」
「……」
「むしろ欲しいです」
「欲しい?」
「はい」
八郎は笑った。
「戦える人、足りませんから」
使者は困惑する。
「我々を使うと?」
「もちろん」
「敵だった者を?」
「敵だったのは昨日まででしょう」
八郎は普通に言う。
「私は商いと農業が得意です」
「……」
「でも戦は島津や武士の皆様の方が得意」
「……」
「なら得意な人に任せます」
使者は黙って頭を下げた。
「そのまま伝えます」
数日後。
相良は条件を飲んだ。
半領割譲。
半年休戦。
八郎軍は一兵も失わず、三万五千石を得た。
帰還の道。
兵たちは不思議そうだった。
「結局……」
「何だ?」
「俺たち戦したか?」
「してないな」
「飯炊いただけだな」
「あと帳面書いたな」
「変な戦だったな」
そんな声が出る。
しかし八郎は全員を集めて言った。
「一つだけ覚えてください」
兵たちが見る。
「今回の戦い方に慣れないでください」
「?」
「これは相良、阿蘇だからできました」
「……」
「大友」
「……」
「大内」
「……」
「大きな国には通じません」
八郎は真剣だった。
「相手の力、状況、民の気持ち、全部揃ったからできたんです」
「はい」
「次も飯だけで勝てると思ったら負けます」
その言葉に島津の侍たちも頷いた。
そして八郎は最後に笑った。
「でも」
「?」
「戦わずに終われるなら、それが一番です」
十二月二週目。
相良半国取得。
死者なし。
八郎の奇妙な戦は、九州中に噂として広がることになった




