1533年11月末。八郎軍は相良領へ侵入するも城の前で飯を炊き、住人に配りまわり借金の聞き取りをする。
相良領。
十一月末。
先に到着した八郎軍四千は、城の前に陣を構えた。
相良の兵たちは城壁の上からそれを見る。
「……何をしておる?」
「分かりませぬ」
城内の者たちは困惑していた。
普通なら攻めてくる。
矢を放つ。
柵を壊す。
堀を埋める。
しかし八郎軍は何もしない。
ただ陣を作っただけ。
しかも妙だった。
四千全員が構えているわけではない。
二千は交代で休み。
二千だけが城を見ている。
「舐めておるのか?」
相良の武将が言う。
しかし隣の家臣は首を振った。
「いや……」
「なんだ」
「あの先頭にいるのは島津兵です」
その言葉で黙る。
島津。
薩摩で戦を繰り返してきた武の家。
同数で正面からぶつかる相手ではない。
「出れば勝てると思うか?」
「難しいかと」
「なら籠城だ」
それが相良と阿蘇連合軍四千の判断だった。
城にこもる。
相手は七千五百。
長くいれば兵糧が減る。
待てばいい。
……普通なら。
だが翌日。
残り三千が到着した時、城内はさらに混乱した。
「殿!」
「なんだ」
「八郎軍の後続が到着しました」
「そうか」
「ですが……様子がおかしいです」
「またか」
物見が困った顔で報告する。
「大量の米俵、鍋、薪を運んできています」
「兵糧だろう」
「いえ」
「違うのか?」
「着いた瞬間……」
「うむ」
「飯を炊き始めました」
沈黙。
「……何?」
「飯を炊いております」
「自軍用か」
「違います」
「では何だ」
「周囲の村人に配っています」
「……」
意味が分からなかった。
攻めてきた敵が。
敵地で。
村人に飯を配っている。
さらに報告は続く。
「寺や神社にも人を送っています」
「占領か?」
「違います」
「では?」
「そこで炊き出しをしております」
「……」
「あと帳面を書いております」
「帳面?」
「借金、収穫、困り事などを聞いているようです」
相良の領主は思わず言った。
「これは戦か?」
誰も答えられなかった。
一日目。
飯の匂いが城まで届く。
「いい匂いだな」
兵がぼそっと言う。
「黙れ」
「すみません」
二日目。
また朝から飯。
昼も飯。
夕方も飯。
城の外では笑い声まで聞こえる。
三日目。
ついに耐えられなくなった兵が出た。
「……ちょっと行ってくる」
「おい」
「何しに」
「飯を食うだけだ」
「敵だぞ」
「でも殺す気ないらしいぞ」
数人の兵が白旗を持って外へ出た。
八郎側の兵が迎える。
「お?」
「……」
「どうしました?」
「飯……」
「はい?」
「食わせてくれ」
すると八郎商会の者は笑った。
「もちろんです」
「いいのか?」
「はい」
「敵だぞ」
「では槍だけ置いてください」
「捕虜か?」
「違います」
「?」
「飯食う時に槍持ってたら危ないでしょう」
その言葉に兵たちは拍子抜けした。
槍を置く。
座らされる。
目の前に出されたのは温かい飯。
汁。
魚。
そして団子。
「茶もありますよ」
「……」
兵たちは黙々と食べた。
久しぶりに腹いっぱいだった。
食べ終わった頃、商人が聞く。
「最近どうです?」
「どうって」
「相良では飯食えてます?」
兵の一人が苦笑した。
「あんたらが賠償金取ったから苦しいんだろ」
すると商人は笑った。
「でも見てください」
「?」
「今、飯配ってるでしょう?」
「……」
「八郎領になったら、こうなります」
「本当か」
「薩摩川内もそうでした」
そして帳面を出す。
「借金あります?」
兵たちが黙る。
「……ある」
「どれくらい?」
「三十貫ほど」
「書きましょう」
「書いてどうする」
「消せる方法を探します」
「そんなことできるか」
「できますよ」
商人は普通に言った。
「八郎様の領では侍衆の借金も何百万文と消しましたから」
兵たちは顔を見合わせた。
「本当なのか」
「だから皆、八郎様についているんです」
そして商人は笑う。
「ところで」
「?」
「城の中、大変でしょう」
「……」
「七千五百相手に籠城」
「……」
「しかも領民は外で飯食ってる」
嫌なところを突かれる。
「戻ります?」
「戻してくれるのか」
「もちろん」
「敵なのに」
「言ったでしょう」
商人は笑う。
「我々、城を壊しに来たんじゃありません」
そして大量のおにぎりを包む。
「これ」
「なんだ」
「仲間の分です」
「……」
「持って帰ってください」
兵たちは混乱した。
敵陣に出た。
飯を食った。
土産を持たされた。
そして普通に城へ帰された。
城門。
戻った兵を見て相良の武将は怒鳴る。
「貴様ら!」
「申し訳ございません!」
「敵から飯をもらうとは!」
刀に手がかかる。
だが。
斬れなかった。
彼らは逃げたわけではない。
戻ってきた。
しかも。
大量の飯を持って。
「……それは何だ」
「皆の分です」
城内の兵がざわつく。
「飯?」
「八郎軍から?」
「毒ではないのか?」
一人が食べる。
「……うまい」
その瞬間。
城内に広がった。
飯の話。
借金の話。
八郎領の話。
領主は頭を抱える。
「まずい」
家臣が聞く。
「飯ですか?」
「違う」
領主は城外を見る。
まだ煙が上がっている。
飯を炊く煙。
「城壁の外から攻められているのではない」
「では?」
「城の中から崩されている」
七千五百の兵より。
百の鍋。
一冊の帳面。
それが相良の心を揺らし始めていた。




