1533年11月4週目。帳面合わせの後、相良へ向けて出陣する。総勢7500。周囲で飯を買いながら進む。
十一月四週目。
いつものように帳面合わせの日。
八郎商会の者、庄屋衆、商人衆、侍衆が集まる中、八郎は帳面を閉じた。
「では、今週分はこれで終わりです」
周囲が頷く。
「農民さんの証文消し、侍さんの借金整理、市の利益、湯浴みの利益……まあ順調ですね」
「順調どころではありませんがな」
商人の一人が笑う。
「昔なら一年かけても動かん金が一週間で動いておりますぞ」
「まあ、それはいいとして」
八郎はさらっと言った。
「では戦に行きましょうか」
一瞬、場が静まった。
「……軽く言いますな」
侍の一人が苦笑する。
「戦ですぞ?」
「分かってますよ」
八郎は団子を食べながら答える。
「相良へ行きます」
そこで三郎が聞いた。
「八郎」
「はい」
「お前も行くのか?」
「行きますよ」
周りがざわつく。
「八郎様が?」
「当主ですからね」
「しかし……」
八郎は笑った。
「安心してください」
そして胸を張る。
「僕は刀一本触りません」
「……」
「皆さん、ちゃんと守ってくださいね」
しばらく沈黙。
そして侍衆が吹き出した。
「締まらんな!」
「大将がそれを言いますか!」
八郎は平然としている。
「いやいや、三歳児に刀持たせる方がおかしいでしょう」
「それはそうですが」
「私は戦うために行くんじゃありません」
八郎は地図を見る。
「領地をもらいに行くんです」
空気が変わった。
「今回は兵六千」
「はい」
「そこに島津実久様より千五百」
「合わせて七千五百」
「さらに」
八郎が帳面を叩く。
「八郎商会から銭百万文持っていきます」
「百万文!?」
「戦費です」
「兵糧を買うので?」
「違います」
八郎は首を振る。
「相良の土地で使います」
「敵地で?」
「はい」
周囲が首を傾げる。
「行く先々の村で米を買います」
「……」
「野菜を買います」
「……」
「魚があれば買います」
「……」
「そして飯を炊きます」
侍たちは顔を見合わせた。
「戦ですよな?」
「戦ですよ」
「敵に飯を?」
「違います」
八郎は笑う。
「未来の領民に飯を出すんです」
その言葉に全員が黙った。
「相良はおそらく籠城します」
「でしょうな」
「七千五百相手に野戦はできません」
「はい」
「では普通ならどうします?」
侍が答える。
「周辺の砦を落とします」
「そうです」
八郎が頷く。
「普通なら」
「?」
「でも砦いります?」
「……は?」
「砦ですよ」
「いや、必要でしょう」
「誰のために?」
そこで言葉が止まる。
八郎は続ける。
「私が欲しいのは石垣でも城でもありません」
「……」
「人です」
「人」
「農民、職人、商人、侍」
八郎は地図の村々を指差す。
「だから城が落ちなくてもいいです」
「なんですか、その戦は」
「簡単です」
八郎は笑う。
「七千五百の兵で村を守りながら飯を炊く」
「……」
「帳面を書く」
「……」
「借金を見る」
「……」
「困っていることを聞く」
「……」
「それだけやって帰っても勝ちです」
家臣たちは困惑する。
「いやいや」
「なんです?」
「敵の城が残りますぞ」
「残ればいいじゃないですか」
「いいんですか」
「だって」
八郎は笑った。
「城の中の兵は外を見るでしょう?」
「……」
「外では温かい飯を食べている」
「……」
「借金を消してもらっている」
「……」
「村人が笑っている」
「……」
「自分たちは寒い城で籠城」
誰も言葉を出せない。
「何日耐えますかね?」
「……」
「一人ぐらい白旗持って出てきません?」
商人衆が笑い出す。
「八郎様らしい戦ですな」
「出てきたら?」
「飯食べてもらいます」
「捕虜ではなく?」
「話を聞きます」
「そして?」
「帰りたいなら返します」
「……」
「残りたいなら雇います」
「本当に変な戦ですな」
「でも」
八郎の顔が少し真剣になる。
「やる時はやります」
周りを見る。
「だから島津の侍さんには前に立ってもらいます」
「武の島津を見せると」
「はい」
「戦えば勝てる」
「……」
「でも戦わず済むなら飯で勝つ」
しばらくして老臣が笑った。
「なるほど」
「?」
「刀を抜かぬ大将か」
「僕は抜けませんから」
「しかし、一番恐ろしいかもしれませんな」
八郎は首を傾げる。
「そうですか?」
「普通の敵は城を奪いに来る」
老臣が言う。
「八郎様は違う」
「?」
「城の中の人の心を先に奪う」
その言葉に場が静まる。
八郎は少し考えて。
「まあ……」
団子を一口食べた。
「美味しいご飯食べて、借金なくなったら、そっちの方がいいでしょう?」
その一言に皆が笑う。
「やっぱり締まりませんな」
「いいんです」
八郎も笑う。
「戦が終わった後、みんなで笑えたら勝ちですから」
こうして相良攻め。
七千五百の兵。
百万文の銭。
大量の米釜。
そして帳面を抱えた、不思議な軍勢が動き出した。




