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1533年11月3週目。年内までにすっきりしたいので相良に兵を出します。言っていることがちぐはぐで周囲が困惑する

十一月の三週目。

帳面合わせも終わり、冬支度の話が進む中で、八郎がふと言った。

「年内に、気持ちよく終わりたいので……相良に兵を出そうと思っています」

その場にいた者たちの手が止まった。

「……はい?」

商人衆も侍衆も顔を見合わせる。

「八郎様、今なんと?」

「ですから、相良です」

「いやいやいや」

家臣の一人が苦笑する。

「さっきまで琉球との交易とか、芋とか焼酎とか、市の話をしてましたよね? 

どこの文脈がどう繋がったら、相良攻略になるんですか」

周囲から笑いが起きる。

八郎は団子を食べながら平然と言った。

「いや、元々四月の田植えまでには相良は取る予定でしたよ」

「予定だったんですか……」

「はい。冬を越す間に相良の中も苦しくなるでしょうし」

そう言って帳面を広げる。

「ただ、今回は普通の戦はしません」

「と言いますと?」

「まず相良との境、阿蘇との境に、それぞれ五百人ほど出します」

「兵ですか?」

「半分兵、半分飯炊きです」

その言葉にまた全員が黙った。

「……また飯ですか」

「はい。また飯です」

八郎は笑った。

「国境沿いで炊き出しします。味噌汁、握り飯、できれば団子も出します」

「敵に?」

「敵というか民ですね」

そして八郎は続けた。

「そこで聞くんです。借金はいくらありますか? 年貢は苦しくないですか? 

 帳面を書かせてくださいって」

「……戦の前に?」

「はい」

島津分家の者も腕を組んで聞いていた。

「なるほどな。兵を削る気か」

八郎が頷く。

「そうです」

「相良が兵を集めようとする。だけど農民たちは国境で飯を食べて、八郎領の話を聞いている」

「はい」

「そこで『向こうに行けば借金が減る』『田畑は焼かれない』と知る」

「そういうことです」

八郎は地図を指した。

「こちらは七千ほどで向かうという噂も流します」

「噂?」

「はい。ただし同時に言います」

八郎は指を一本立てた。

「町は焼かない」

二本目。

「田畑も荒らさない」

三本目。

「相良家を滅ぼしたいわけでもない」

四本目。

「ただ、この前攻めてきた責任と、困っている民を助けるために動く」

皆が黙って聞いていた。

「それを一週間、二週間やります」

「その間にこちらは軍備か」

「はい」

島津の者が笑う。

「いやらしい戦じゃな」

「褒めてます?」

「褒めておる」

島津の者は苦笑した。

「普通は城を攻める前に城壁を崩す。八郎殿は人の心を崩してから行く」

「まあ、相良も阿蘇も前回攻めてきましたからね」

八郎はさらっと言った。

「その時に捕虜を大量に取りました。武具も回収しました。賠償もいただきました」

「つまり?」

「そんなにすぐ大軍を作れません」

皆が納得する。

「相良が三千、阿蘇が二千五百出せたとしても、本来なら五千五百」

「ですが?」

「炊き出しで揺れます」

八郎は言った。

「家を守りたい農民兵が、本気で来ますか?」

誰も答えない。

「敵だと思っていた相手が飯を出している。借金を消してくれるかもしれない。

 家族を殺さないと言っている」

「……確かに」

「そうなれば五千五百は集まらないと思います」

「四千程度か」

「はい」

八郎は頷く。

「こちらは六千。島津実久様から千五百」

実久が笑う。

「勝手に決まっておるな」

「お願いします」

「まあ出すがな」

周囲が笑う。

「合わせて七千五百」

八郎は地図の相良領を指した。

「倍近い兵で囲みます」

「攻め落とす?」

「いいえ」

首を振る。

「交渉します」

「内容は?」

「半年停戦。領地半分を八郎管理」

「半分?」

「はい」

「相良家は残す?」

「残します」

「甘くないか?」

八郎は笑った。

「逆です」

「逆?」

「半分だけ預かって、市を作ります。借金を整理します。湯浴みを作ります。冬の仕事を作ります」

「……」

「半年後、残った半分の民がどう思います?」

誰も言えなかった。

実久が小さく笑った。

「なるほど」

「何です?」

「半年後には残り半分が欲しがる、ということか」

八郎は黙って団子を食べた。

「怖い三歳児じゃ」

「いやいや、戦嫌いなだけです」

「嘘をつけ」

実久が笑う。

「誰より領地を取る気ではないか」

「まあ、欲しいですよ」

八郎も笑った。

「ただ、人も田畑も残った領地が欲しいんです」

その言葉に場が静かになる。

「焼け野原を取っても、借金しか残りませんから」

しばらくして商人が言った。

「八郎様らしい戦ですな」

「そうですか?」

「ええ」

商人は笑った。

「刀より先に帳面で攻めてます」

その場にいた全員が笑った。

実久も頷く。

「まあ、相良も阿蘇も困るじゃろうな」

「何がです?」

「敵が攻めてきたと思ったら、飯を炊いて帳面を書き始めるんじゃ」

そして笑いながら言った。

「そんな戦、聞いたことがないわ」

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