1533年11月3週目。島津本家に70万文寄付。全員に突っ込まれる。戦費と遊学費用。交易をもっと頑張りたいぞ。
十一月三週目。
いつものように八郎屋敷の大広間には人が集まっていた。
商人。
侍。
村の代表。
職人。
そして八郎一家。
毎週恒例になった帳面合わせの日だった。
「さて」
八郎が帳面を叩く。
「細かい数字は後で見てください」
「いつも通り、全部書いてます」
周囲から笑いが起きる。
「八郎様の『細かい』は細かくないですからね」
「読むだけで半日かかります」
「まあまあ」
八郎は笑う。
「大事なのは大きい流れです」
「まず一つ」
「島津本家様へ七十万文送りました」
一瞬、大広間が静かになった。
「……七十万?」
「はい」
「七十万文です」
侍の一人が思わず聞き返す。
「何代ですか?」
「五十万文は戦費」
「二十万文は遊学用です」
さらに静かになる。
「……八郎様」
「はい」
「なんでそんな簡単にお金を渡すんですか?」
八郎は首を傾げる。
「いや」
「話してる時に」
「なんか勢いで」
「五十万文ぐらい出しますよって言っちゃったので」
「……」
「……」
「軽すぎませんか?」
大広間中から突っ込みが入る。
八郎は慌てて手を振った。
「いやいやいや」
「ちゃんと考えてますよ」
「半分ぐらいは」
「半分!?」
母親が呆れた顔をする。
「八郎」
「そういうところですよ」
「違いますって」
八郎は笑う。
「島津という名前は大事なんです」
「武の名門です」
「これから先、大友、大内、もっと大きな相手を見るなら」
「島津が強くなることは必要なんです」
そこで少し真面目な顔になる。
「僕は全部飲み込んだ、という形にはしたくないんです」
「できれば対等に近い形でやりたい」
「島津は武」
「八郎家は内政と商い」
「そういう形もありだと思ってます」
周囲は納得しかける。
しかし。
「……それだけですか?」
母親が聞いた。
八郎は目を逸らした。
「まあ」
「今回の縁談とか」
「結構楽しかったですし」
「島津の方々も面白かったですし」
「そのお礼込みです」
「それが本音でしょう」
即座に突っ込まれた。
大広間が笑いに包まれる。
「まあでも」
八郎は続ける。
「これで島津本家からも遊学に来やすくなると思います」
「姫様方」
「家臣の子」
「技術を学びたい人」
「そういう人の館も必要になりますから」
「二十万文はその準備代です」
家臣が苦笑する。
「本当に先を見ておりますな」
「いやいや」
「ただ人が増えるなら寝床いるやんってだけです」
そして帳面の話に戻る。
「全体として調子は悪くありません」
「ただ」
「個人的には不満があります」
全員が首を傾げる。
「何がです?」
「交易です」
八郎は帳面の別ページを開く。
「琉球です」
「もっと伸ばしたい」
「今、米焼酎や椎茸を送っています」
「向こうからは砂糖、泡盛、芋」
「いろいろ入れてます」
「でも」
指で数字を示す。
「利益、週五万文程度です」
「……十分では?」
商人が言う。
普通なら大成功だった。
だが八郎は首を振る。
「足りません」
「全然足りません」
「城の借金消しに回してますけど」
「こんな速度では間に合わないです」
周囲が苦笑する。
「八郎様基準がおかしいんです」
「違います」
「土地が広がりすぎたんです」
「だから稼ぎ方も変えないといけません」
八郎は続ける。
「最低でも」
「交易だけで」
「八郎商会利益、週十五万文」
「そこまで持っていきたいです」
商人たちの目が変わる。
「三倍ですか」
「はい」
「やります」
「材料を集めてください」
「椎茸」
「干物」
「焼酎」
「加工品」
「売れるものは全部です」
「琉球では砂糖きび」
「芋」
「これを増やせないか考えます」
家臣が尋ねる。
「琉球で作るのですか?」
「可能なら」
「土地を借りるでもいい」
「協力してもらうでもいい」
「作れる場所で作ればいいんです」
八郎は笑った。
「畑に国境はありませんから」
周囲が苦笑する。
「三歳児が言う言葉ではないですな」
「よく言われます」
そして最後の報告。
「あ、それと」
「薩摩川内南側の件ですが」
「借金四十万文分、消しておきました」
一瞬。
静まり返る。
「……え?」
「今週ですか?」
「はい」
「四十万文です」
「いや、今回何かありました?」
「祝いとか」
「寄付とか」
「ないですよ」
八郎は普通に答える。
「何もないです」
「ただ順番に消してるだけです」
侍たちが顔を見合わせる。
「先ほど七十万文渡したことに文句言ってしまいましたが……」
「申し訳ありません」
頭を下げる者まで出る。
八郎は慌てる。
「いやいや」
「謝らなくていいです」
「無駄遣いに見えますから」
「でも」
「使うところには使う」
「消すところは消す」
「稼ぐところは稼ぐ」
「それだけです」
商人が笑う。
「簡単そうに言いますけどね」
「それを全部やるから八郎様なんですよ」
大広間に笑いが広がる。
七十万文を配り。
四十万文の借金を消し。
それでも次の利益を考える。
八郎商会は、さらに大きな流れを作り始めていた。




