1533年11月1週目。島津本家が帰宅。島津分家に負けずに婚姻を勧めたいが難しい。遊学させながら進めるか。
さらに数日後。
島津本家の一行が帰国する日が近づいていた。
八郎領に来た時とは、空気がまるで違っていた。
最初は「三歳児の領主を見る」という好奇心だった。
だが今は違う。
島津分家は千代姫と一郎の婚姻によって、八郎家と血縁になる。
農業、商業、兵站。
国を支える部分で強く結びつく。
それは島津本家にとって無視できない話だった。
忠良は連れてきた姫たちを集めた。
「さて」
「皆、分かっておると思うが」
姫たちは姿勢を正す。
「千代姫は一郎殿と結ばれる」
「はい」
「これで分家は八郎家の縁戚じゃ」
「土地の位置を考えても、我らは挟まれる形になる」
貴久も頷いた。
「八郎殿が攻める気がないと言っているからよいものの、普通ならかなり危うい」
忠良はため息をつく。
「だからな」
「誰か、良い縁があれば結ばれてほしいと思っておる」
姫たちは顔を見合わせる。
「父上……」
「そんな急に言われましても」
「何じゃ」
「千代姫様は二週間もありました」
「一緒に狩りをして、市を歩いて、湯浴みへ行って」
「時間があったからこそです」
「私たちは数日ですよ」
「急に三郎様と結婚しろと言われましても……」
忠良は腕を組む。
「まあ、それはそうじゃが」
「色仕掛けでも何でも……」
「父上」
姫たちが呆れた顔をする。
「八郎家の兄弟にそれは通じません」
「そうなのか?」
「はい」
「三郎様など料理の話になると楽しそうなのですが」
「ですが?」
「料理の話だけで終わります」
「……」
「こちらを見ているのか、料理仲間を探しているのか分かりません」
貴久が吹き出した。
「一郎殿と同じではないか」
「そうなのです」
「一郎様は猪の解体」
「三郎様は料理」
「八郎様が後ろから叩いてくださらないと進まないと思います」
忠良は頭を抱えた。
「面倒な兄弟じゃな」
「ただ能力は間違いない」
「はい」
姫たちもそこは認めた。
八郎家の兄弟は派手ではない。
だが一緒に領地を回ると分かる。
農民から慕われている。
商人から信用されている。
人を見る目がある。
「だからこそ困るのです」
「嫌ではない」
「でも近づき方が分からない」
忠良は頷く。
「ならば遊学じゃ」
「一度戻る」
「準備を整えて、またこちらに来る」
「その中で縁を探せ」
「もちろん楽しめばいい」
「だが島津本家の立場も少し頭に入れておいてくれ」
姫たちは静かに頷いた。
その時だった。
「何の話です?」
障子の向こうから小さな声。
八郎だった。
「ああ、八郎殿」
「帰る準備ですか?」
「そうじゃ」
「ついでに姫たちを焚きつけておった」
「焚きつける?」
「誰か八郎家に嫁げとな」
八郎は苦笑する。
「正直ですね」
「隠しても仕方なかろう」
「そういうところ嫌いじゃないです」
八郎は座る。
「まあ、私も実りそうなら口添えくらいしますよ」
その瞬間、忠良の目が光る。
「本当か?」
「はい」
「助かる」
「では三郎殿を何とかならんか」
「早いですね」
八郎は笑った。
「うーん」
「三郎兄さんですか」
「料理教室でもします?」
「料理教室?」
「はい」
「姫様方と一緒に料理を作る」
「作った料理を一緒に食べる」
「料理の説明じゃなくて、一緒に時間を過ごす練習ですね」
姫たちが反応する。
「それなら楽しそうです」
「でしょう?」
「三郎兄さん、料理の話だけしたら駄目ですから」
忠良が笑う。
「弟にそこまで心配される兄とは」
「うちの兄弟、難しいでしょう」
「自覚しておるのか」
「はい」
八郎は真顔で頷いた。
「一郎兄さんは猪」
「三郎兄さんは料理」
「たぶん他も何かあります」
「私含めて」
その言葉に一人の姫が尋ねた。
「では八郎様は?」
「はい?」
「八郎様はどういう方が好みなのですか?」
部屋が静かになる。
八郎は少し考えた。
「うーん」
「領地経営してる私を褒めてくれる人ですかね」
「……」
「例えば九州をまとめた時に」
『すごいですね八郎様』
って言ってくれる人」
忠良が笑う。
「ただ褒められたいだけではないか」
「違いますよ」
八郎は団子を食べながら言う。
「九州を取った私が好き、じゃなくて」
「そこまでやるために考えたり、悩んだりしてるところを面白がってくれる人がいいんです」
「私が何をしているか興味を持ってくれる人」
「そういう人です」
少しだけ場が静まる。
だがすぐ忠良が笑った。
「そんな女がおるか」
「ですよね」
「僕も難しいですね」
八郎は笑った。
「だから三歳児なんで、まだ先です」
「そこだけ三歳児を使うな」
皆が笑う。
帰国準備の重い空気は、いつの間にか消えていた。
しかし忠良は内心で思う。
(この子供……やはり人を惹きつける)
(戦ではなく、人で国を取る)
そして帰ったら本気で姫たちを送り込もう。
そう決めていた。




