↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
273/721

1533年11月1週目。薩摩分家が帰宅。千代姫に両家の懸け橋になるように頼む父親。八郎は新婚の二人の館と島津分家の遊学や要望受けの為の小さな集落を提案。

数日後。

 島津分家の当主実久は帰国の準備を始めていた。

 千代姫と一郎の縁談。

 それだけでも大きな出来事だったが、今や話は単なる婚姻では終わらなくなっていた。

「千代」

「はい、父上」

 父に呼ばれた千代姫は姿勢を正す。

 だが父の顔は、戦や政の時とは違い、どこか浮き足立っていた。

「わしはそろそろ戻る」

「はい」

「戻ったら、まず市の準備じゃ」

「もう始められるのですか?」

「当然じゃ」

 父は笑った。

「八郎殿が言うには、立ち上げの銭は出してくれるという」

「そして農民の借用証文を集め、仕入れと合わせて消していく」

「……本当にできるのでしょうか」

「お前も見ただろう

 父は即答した。

「あの領地を」

「はい」

「借金に苦しんでいた農民が笑っておった」

「商人も笑っておった」

「寺も笑っておった」

「普通は誰かが得をすれば誰かが損をする」

「だが八郎殿は銭を回して全員を少しずつ前に進ませる」

 父は苦笑した。

「恐ろしい三歳児じゃ」

 そして一郎を見る。

「一郎殿」

「はい」

「娘を頼む」

 一郎は深く頭を下げた。

「大事にします」

 それを聞いて父は満足そうに頷く。

 しかし、そこで終わらなかった。

「それと千代」

「はい」

「八郎家と我が家の橋渡しを頼む」

「橋渡し、ですか?」

「そうじゃ」

「農の技術」

「芋作り」

「市の仕組み」

「湯浴み」

「帳面の付け方」

「こちらから学びたい者を送る」

「逆にこちらで困っていることも伝える」

「その窓口になれ」

 千代は呆れる。

「父上」

「なんじゃ」

「注文が多すぎます」

 周囲が笑う。

 父も笑った。

「分かっておる」

「少しずつでよい」

「だがな」

「来週にはもう市が開くのじゃ」

「……早すぎませんか」

「わしもそう思う」

 父は笑うしかなかった。

「八郎殿のところにいると感覚がおかしくなる」

「一年かける話を一月でする」

「一月かける話を一週間でする」

 そこへ八郎が団子を持ってやって来る。

「何の話です?」

「八郎殿は早すぎるという話じゃ」

「ああ」

 八郎は普通の顔で言った。

「そうですね」

「否定せんのか」

「だって私が勝手に決めてますから」

「……」

「普通なら評定して、根回しして、半年かかります」

「でも私が決めたら明日動けます」

 父はため息をつく。

「恐ろしい仕組みじゃな」

「その代わり私が間違えたら終わりますけどね」

 そう言って八郎は笑う。

「まあ、それで考えたんですけど」

「まだあるのか」

「はい」

 八郎は千代を見る。

「一郎兄さんと千代姉さんの館を作りませんか」

「館?」

「はい」

「ただ住むだけじゃなくて」

「周りに島津分家から来た人たちが住める場所を作るんです」

「遊学みたいなものですね」

 父が眉を上げる。

「遊学?」

「はい」

「農業を学びたい人」

「商売を見たい人」

「帳面を覚えたい人」

「湯浴みを作りたい人」

「そういう人たちが来る場所です」

 八郎は続ける。

「例えばですよ」

「農民が『うちの村にも湯浴みが欲しい』って思ったとして」

「直接殿様に言うのは難しいじゃないですか」

「でも千代姉さんになら言えるかもしれない」

「それを聞いて、一郎兄さんや私に話す」

「そういう場所です」

 千代は驚く。

「私にそこまで?」

「はい」

「嫁に来るだけじゃ面白くないでしょう」

「役割があった方がいいです」

 母が笑った。

「本当によう考える子やな」

「でしょう」

 八郎は胸を張る。

「もっと褒めてもいいんですよ」

 みんな笑う。

 さらに八郎は続けた。

「あとは、島津分家の若い人たちですね」

「若い者?」

「はい」

「こっちに来て宴会に出たり、市を見たりして」

「こっちの人と仲良くなって結婚する」

「それもありでしょう」

 父は目を細める。

「つまり、人の交流か」

「そうです」

「もちろん大きな話なら、私の兄様方との縁談になります」

「でも全部が全部、政略結婚じゃなくてもいいじゃないですか」

「普通に仲良くなって、家同士が近づく」

「それでも十分です」

 千代は小さく笑った。

「八郎様は本当にお上手ですね」

「でしょうでしょう」

 八郎は嬉しそうに頷く。

「もっと言ってください」

「今回、一郎兄さんと千代姉さんをくっつけた功績もありますし」

「もっと評価してくれていいんですよ」

 その瞬間、父も母も笑った。

「言っていることは国を動かす話なのにな」

「最後は褒めてほしい三歳児か」

「そこが分からん」

 八郎は団子を頬張る。

「だって三歳児ですから」

 その姿を見て、島津分家の当主は思った。

 この子は国を動かす。

 だが同時に、家族に褒められたいだけの子供でもある。

 だからこそ、人が集まるのだろう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。