1533年11月1週目。帳面合わせのあと、島津本家と話し合い。分家が婚姻したことで地図上の関係図が変わる。
十一月一週目、帳面合わせが終わった日の昼過ぎ。
普段なら皆で団子を食べながら話す時間だったが、この日は少し違った。
奥の小部屋。
そこには島津本家の大殿・忠良、若き跡取り貴久、そして八郎と母が座っていた。
温かい茶が出され、しばらく沈黙が流れる。
先に口を開いたのは忠義だった。
「いや……まずはめでたいことじゃ」
「一郎殿と千代姫の縁談、実に良き話じゃと思う」
八郎は頭を下げる。
「ありがとうございます」
しかし忠良は苦笑した。
「ただな」
「はい」
「島津本家としては、正直焦る」
八郎は団子をかじりながら首を傾げる。
「そうですか?」
「そうじゃ」
貴久も苦笑する。
「八郎殿、自覚が薄すぎる」
「何がです?」
「祝儀の規模じゃ」
「百万文規模の祝儀など、この九州でもそう聞かん」
「大内、大友ならともかく、薩摩でそんなものが聞けるとは思わんかった」
八郎は笑う。
「ああ、それは大丈夫です」
「何が大丈夫なんじゃ」
「全部返ってきますから」
「……」
二人が黙る。
八郎は普通の顔で続けた。
「市を作る」
「農民から仕入れる」
「借用証文を消す」
「農民が買う」
「また商売が回る」
「時間はかかりますけど、銭は循環します」
忠義はため息をついた。
「簡単そうに言うがな」
「それができる者がおらんから皆苦しんでおる」
「まあ、そうですね」
八郎は茶を飲む。
「ただ今回、千代姫様が一郎兄様と結婚することで、島津分家とは繋がります」
「そこじゃ」
忠良の目が鋭くなる。
「そこが問題なのじゃ」
「問題?」
「八郎殿は兵を出さんと言う」
「はい」
「だが商いと農を握るということは、国の胃袋と心臓を握るということじゃ」
八郎は笑った。
「まあ、否定はしません」
「でしょうね」
「でも軍事は島津に任せたいと思ってます」
その言葉に貴久が反応する。
「我らに?」
「はい」
「私は戦より内政と商売向きです」
「将来的に肥後をまとめて、その先、大友や大内みたいな大勢力とぶつかるなら、
戦上手な人が必要です」
「そこは島津の役割かなと思っています」
忠良は目を細めた。
「そこまで見ておるか」
「なんとなくです」
「三歳児のなんとなくは怖いな」
八郎は笑った。
だが忠良の表情は完全には緩まない。
「しかし、こちらから見るとな」
「はい」
「島津分家と八郎家が結びつけば、我らは挟まれる」
「さらに分家とは戦いづらくなる」
「兵糧も商いも向こうにつけばなおさらじゃ」
「となれば、我らは日向を見るしかなくなる」
「そうですね」
「だから本音を言えば……」
忠良は茶を置いた。
「こちらも誰か嫁いでほしい」
八郎は笑った。
「だから婚活してるじゃないですか」
「今も姫様方、三郎兄さんたちと遊んでますよ」
「いや……」
忠良は苦笑する。
「もう少し何とかならんか」
「八郎殿」
「千代姫と一郎殿みたいに」
八郎は首を振る。
「あれは特別です」
「あの二人は二週間ありました」
「しかも見てたら、こっちがお尻叩きたくなるぐらい分かりやすかったんです」
母が笑う。
「確かにな」
「あれ放っておいたら半年動かなかったですね」
貴久が吹き出す。
「一国の縁談を三歳児が世話しておる」
「おかしいでしょう」
「自分でも思います」
八郎は続けた。
「でも焦らなくてもいいと思いますよ」
「例えば遊学です」
「遊学?」
「はい」
「こちらに館を作って、姫様や重臣の娘さんたちにしばらく暮らしてもらう」
「湯浴み、市、農業、料理、商売」
「八郎領の暮らしを知ってもらう」
「その中で仲良くなれば婚姻」
「ならなければ学んで帰ればいい」
忠良が唸る。
「なるほど」
「婚姻前提ではなく交流か」
「はい」
「農業技術を学ぶでもいいです」
「芋作りでもいい」
「市の運営でもいい」
「別に嫁探しだけにしなくても、関係は作れます」
高久は感心する。
「三歳児とは思えん」
「でもちなみに」
八郎がにやりとする。
「誰狙いなんですか?」
忠良は少し笑う。
「言わせるか」
「言ってくださいよ」
「まあ……」
少し考えて答える。
「一郎殿の側室」
「次郎殿」
「三郎殿」
「四郎、五郎あたりも先々はありじゃと思っている」
八郎は笑った。
「結構狙ってますね」
「当然じゃ」
「八郎家との縁は大きい」
「それに」
忠義は外を見る。
そこでは姫たちが楽しそうに兄弟たちと話していた。
「政略だけではなく、本当に楽しそうじゃ」
「それなら良い縁になる」
八郎は頷いた。
「まあ焦らなくていいですよ」
「うちから攻めることは基本ありません」
「あるとしたら」
「したら?」
「うちの暮らしが良くなりすぎて、島津本家の民が『八郎領に行きたい』って
流れてくることぐらいです」
二人は黙った。
冗談に聞こえない。
実際、分家近くの土地ではもう起き始めている。
忠良は心の中で思う。
(戦より厄介じゃ)
(城を奪われるのではない)
(民の心を奪われる)
そして横を見る。
自分の連れてきた姫たち。
(これは帰ったら焚きつけねばならんな)
(誰でもいい)
(早く八郎家に嫁げ)
(でなければ、本当に島津分家だけが先へ進む)
そう考えていると、八郎が団子を食べながら言った。
「まあ、そんな怖い顔しなくても」
「親戚になったら悪いようにはしませんよ」
「裏切るなら借金返してからお願いします」
忠良と貴久は同時に吹き出した。
「やはり恐ろしい三歳児じゃ」
笑いながらも二人は確信する。
島津が生き残る道。
それは八郎と争うことではない。
この流れに乗ることだ、と。




