1533年11月1週目。帳面合わせの話。薩摩分家の千代姫と一郎兄様が結婚。みんな祝福。八郎からの祝儀と来週、庄屋衆が原価を補填。
十一月一週目。
いつもの帳面合わせの日。
だが今日はいつもとは違う。
八郎領の商人、庄屋、侍だけではなく、島津本家、島津分家の面々も並んでいた。
八郎は帳面を置いて、まず笑顔で口を開く。
「細かい数字は後で見てもらいます。その前に一つ報告があります」
場が静まる。
「このたび、一郎兄様と千代姫様が結婚することになりました」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「おおおおお!」
大広間が揺れる。
「一郎様!」
「おめでとうございます!」
「千代姫様、ありがとうございます!」
農民も商人も侍も喜んだ。
千代姫は目を丸くする。
「……ここまで祝っていただけるとは思いませんでした」
すると年配の農民が笑った。
「当たり前でございます」
「姫様は猪や鹿を狩ってくださいました」
「冬を越せる村もあります」
「それに一郎様は昔から田畑を見てくださった」
「お二人なら安心です」
千代姫は顔を赤くする。
一郎は照れくさそうに頭をかいた。
それを見て八郎がにやりと笑う。
「まあ一郎兄様には頑張ってもらわないとですね」
「何をだ?」
「夫婦関係です」
周りが笑う。
「たぶん一郎兄様は千代姫様に頭上がらなくなりますよ」
「なんでだ」
「いや、考えてください」
「鹿も猪も狩れる」
「弓もうまい」
「領民から感謝されてる」
「そのうえ島津のお姫様ですよ」
「喧嘩したら勝てるところあります?」
一郎は少し考える。
「……田んぼ?」
「夫婦喧嘩で田んぼ勝負しません」
大笑いが起こった。
千代姫も真っ赤になる。
「私はそんな怖い妻になるつもりありません!」
「今は、ですね」
「八郎様!」
さらに笑いが広がる。
そこで八郎は島津分家の当主実久を見る。
「それで祝いですが」
「親戚になるわけですから」
「島津分家領にも八郎商会を入れます」
「まず半分三万五千石分の領地に」
「市三十箇所」
「立ち上げ費用九十万文」
「芋苗十五万文」
「こちらで持ちます」
空気が止まる。
「……百五万文?」
「はい」
「婚礼祝いでか?」
「はい」
島津分家側は呆れる。
だが八郎は普通の顔。
「ただの祝いじゃありません」
「市が回れば農民の借金が消える」
「農民が豊かになる」
「千代姫様への信頼も増える」
「八郎商会も利益が出る」
「全部得です」
庄屋衆も声を上げる。
「八郎様」
「はい?」
「その祝い、我々も乗ります」
「またですか」
「当然です」
「一郎様と千代姫様のお祝いです」
「次週の仕入れはこちらで持ちます」
八郎は笑う。
「ありがとうございます」
「じゃあまたどこかの借金消せますね」
島津本家の者たちは顔を見合わせる。
祝いが消費ではなく、さらに力になる。
普通の家とは違った。
すると八郎がぽつりと言う。
「ただ、島津分家様も気をつけてくださいね」
「何をじゃ?」
「このまま千代姫様が来て」
「さらに重臣の娘さんとか親族の姫様が、うちの兄弟に嫁いできたらですね」
「形だけ八郎家で、中身は島津分家になるかもしれませんよ」
分家当主実久が笑う。
「自分で言うか」
「いや本当ですから」
「うちの兄弟、たぶん嫁さんに弱いです」
母が苦笑する。
「まあ……否定できへんな」
「でしょう?」
「一郎兄様は千代姫様に頭上がらなくなる」
「三郎兄様も料理を褒めてくれる奥さんが来たら絶対弱い」
「次郎兄様も畑を一緒に見てくれる人なら何でも聞きそう」
「六郎兄様七郎兄様なんて、小さい頃から仲良くなった姫様がいたら完全に尻に敷かれます」
兄弟たち。
「おい」
「八郎」
「言い過ぎや」
しかし周りは大笑い。
島津本家の大殿も腹を抱える。
「なるほど」
「島津が八郎家を飲み込むのではなく」
「嫁たちが男どもを支配するわけか」
八郎は真顔で頷く。
「一番平和じゃないですか」
「戦じゃなくて」
「夫婦喧嘩で決めてもらった方が」
母がため息をつく。
「三歳児が何言うてるんや」
「でも母上も父上より強いですよね?」
「八郎?」
「あ、すみません」
大爆笑。
島津本家も分家も笑った。
だが同時に理解する。
これはただの婚姻ではない。
血が混ざる。
人が行き来する。
商いが入る。
気づけば敵ではなく家族になる。
八郎のやり方は、城を落とすより厄介だった。
最後に帳面を開く。
「では今週ですが」
「八郎商会利益」
「差し引きして累計三百六十万文です」
また全員が固まる。
「……本当にこの家を支配するのは嫁なのか?」
島津の大殿がつぶやく。
「いや」
「この三歳児を止められる嫁を探す方が先かもしれんな」
その言葉に、今度は八郎が固まった。
「……僕ですか?」
「当然じゃ」
大広間はまた笑いに包まれた。




