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1533年10月4週目。帳面合わせの日。島津分家、本家が同席。結婚話があればお祝いしたいと申し出る庄屋衆に不思議がる島津家。八郎様は3代かかる借金を消してくれた恩人ですから

十月四週目。

 八郎の屋敷では、いつもの帳面合わせの日を迎えていた。

 ただ、いつもと違うことがある。

 島津本家。

 島津分家。

 千代姫。

 その側近たち。

 薩摩でも有力な者たちが、その場に並んでいた。

 八郎はいつも通り座布団に座り、帳面を見る。

「さて」

「今回はお客様も多いですけど、いつも通りやりましょう」

「縁談については……」

 ちらっと一郎と千代を見る。

 二人とも目をそらす。

「まあ、まだ分かりませんね」

 周囲が笑う。

「決まったら決まったで、また祝いましょう」

 すると庄屋衆がすぐ手を上げた。

「その時は我らも寄進させてください」

「ぜひ祝わせてもらいます」

 その言葉に島津の者たちは驚く。

 忠良が尋ねた。

「なぜそこまで喜ぶ?」

「普通、領主の縁談など民には遠い話ではないか」

 庄屋衆は笑った。

「いやいや」

「八郎様のお家が続いてくれへんと困るんですわ」

「何がそこまで違う?」

「帳面です」

 庄屋は即答した。

「お殿様方は知らんかもしれませんけど」

「我ら小さい農民や商人が金を借りる時」

「利息なんてひどいもんです」

「年五割なんて普通にあります」

 島津勢の顔が変わる。

「五割?」

「はい」

「無理ですわ」

「米が不作になる」

「税が払えない」

「借りる」

「利息が増える」

「返せない」

「畑を取られる」

「最後は小作か身売り」

「親から子、子から孫まで帳面だけ残る」

「そういう家が山ほどあったんです」

 場が静かになる。

「それを」

「八郎様が消してくれました」

「しかも数年ではありません」

「数ヶ月です」

 島津分家の当主が口を開く。

「まさか……」

「例のうちの隣の土地もか?」

「あそこは緩衝地帯で、かなり荒れていたはずじゃ」

 八郎は頷く。

「ああ、あそこですね」

「農民分は終わりました」

「……終わった?」

「はい」

「どうやってじゃ」

 八郎は帳面を出す。

「簡単です」

「市を三十ほど入れました」

「そこで八郎商会が仕入れます」

「今回、その仕入れ原価が毎週九十五万文」

「つまり」

「農民側に九十五万文分の銭が流れたのと同じです」

「でも実際には」

「その農民たちは借金があります」

「だから」

「商人衆の持つ証文」

「農民が得た代金」

「これを突き合わせます」

「すると帳面が消えます」

 島津勢は黙る。

「毎週九十万文近く消えていきました」

「一ヶ月回せば360万文変わります」

「もちろん利息交渉もします」

「八郎商会が入るなら信用が違いますから」

「年五割だったものが半分以下になることもあります」

 忠良がつぶやく。

「金貸し相手まで変わるのか」

「はい」

「信用とはそういうものです」

「それで」

「今回その土地の市の利益ですが」

「今週二十一万文です」

「一週間で?」

「はい」

 ざわつく。

「ただ」

「まだまだですよ」

「侍衆の借金が五百六十万文」

「城の借金が千二百万文」

「残っています」

 島津側は苦笑した。

「まだそれだけあって順調と言うのか」

「はい」

「道筋がありますから」

「農民の借金が消える」

「すると余裕ができます」

「余裕ができると」

「寺社市で物を買います」

「寺に寄進が入る」

「商人が儲かる」

「八郎商会も儲かる」

「また仕入れる」

「ぐるぐる回ります」

「湯あみも同じです」

「最初は安い共同湯」

「でも余裕ができた人は」

「少し高級な湯あみに行きます」

「布団で休む」

「団子を食べる」

「酒を飲む」

「そこにも仕事ができます」

 千代がぽつりと言った。

「だから……」

「領民があんなに楽しそうなのですね」

「はい」

「借金がないって安心なんです」

「今はまだ忙しすぎます」

「本当は商品開発もしたいんです」

「親鳥をもっと美味しく食べる方法とか」

「新しい料理とか」

「芋の商品とか」

「でも領地が増えすぎて手が回りません」

 忠良が笑う。

「それでこの成長か」

「つまり」

「まだ伸びしろがあります」

「売上も」

「暮らしも」

「交易も」

「冬になればもっと変わりますよ」

「なぜじゃ?」

「借金がなくなった人は物を買います」

「まず布団でしょうね」

「寒いですから」

「暖かい布団で寝られる」

「それだけで幸せです」

「その次は」

「少し良い飯」

「甘味」

「米焼酎」

「そのうち琉球の泡盛なんか欲しいと言い出すかもしれません」

「農民がか?」

「はい」

「そんな時代になるか」

「なります」

 八郎は即答した。

「だって」

「借金がないんですから」

「毎年利息に消えていた銭」

「それが家族のために使える」

「子供に食わせる」

「布団を買う」

「酒を飲む」

「祭りへ行く」

「そうなった土地を」

「誰が手放したいと思います?」

 誰も答えられなかった。

 忠良は静かに笑った。

「なるほど」

「そなたの強さは兵ではないな」

「民が」

「この暮らしを失いたくないと思うこと」

「それ自体が城壁になる」

 八郎は団子を口に入れる。

「まあ」

「難しいことは分かりません」

「ただ」

「借金が減って」

「飯がうまくなって」

「布団で寝られるなら」

「人はそっちに行くと思うだけです」

 島津本家も分家も。

 その場で理解した。

 八郎領は土地を奪っているのではない。

 人の心から先に取っているのだと。

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